353 知らざるを知らずと為すこれ知るなり

 「知らざるを知らずと為す是知るなり」知らないことを知らないこととわかることが本当の意味での知ると言うことです。という意味になるのでしょうか…。この言葉を聞いたとき私が住職になりたての頃ある先輩僧侶から聞いた言葉をふと思い出しました。それは「仏には仏の覚り 凡夫には凡夫の覚り」というものです。仏教というのは成仏道であり最終目的は悟りを開くことであります。当然私たちの関心事は仏様がお開きになった覚りとはなんだというふうになります。また仏様と同じような悟りを開きたいというふうになります。でもまずしなければならないのは私たちは凡夫なのだから凡夫の覚りなのだと教えてくださいました。また凡夫の覚りとは何かと言えば新しく何か知識を知っていくというのではなく凡夫でしかないんだなと自分のことを知っていくこと、凡夫としての自覚なのだと教えていただいたことがあります。
 仏となっていく道は決して平坦な道ではありませんし終わりの見えない旅のようなものだと言われています。ですからその道を歩み出せたとしても歩み続けることが容易ではありません。歩み続けるには初心を忘れないことが大事だと思います。自分は仏ではなくて今は凡夫なんだと。凡夫であることの悲しみに頷き続けて行くことによって仏に成る道を歩み続けていけるものなのではないでしょうか。私は仏ではないのだ、だから真実を知らず迷っている私なのだと知りつづけていくことが大事なことなのでしょう。

352_御文をいただく_その62_五帖目第八通⑥

明日ありと 思う心の仇桜 夜半の嵐の 吹かぬものかは
親鸞聖人

 この歌は親鸞聖人が詠まれたと伝わるものです。。親鸞聖人は幼くして両親をなくされたたということがあってか9歳の時、仏門に入られる決心をされ、慈信を頼りに京都の青蓮院というお寺の門をくぐられました。僧侶になる儀式である得度をすぐさま受けられようとなさったのですが、いろいろな許可に手間がかかり夕刻までずれこんでしまったようです。ですから慈円さんは「明日の朝になったら得度の式をしてあげましょう」と言われました。しかし、聖人は「明日まで待てません」とおっしゃられ、その時詠まれたのがこの歌と伝わっています。この歌の意味は、「今美しく咲いている桜を、明日も見ることができるだろうと安心していると、夜半に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない」ということですが、親鸞聖人は、自分の命を桜の花に喩え、「明日自分の命があるかどうか分からない、だからこそ今を精一杯大事に生きていきたい」との思いが込められています。
 私も最近年をとったせいでしょうか、いつまででも生きられるのが私の人生ではないよな、限りあるいのちをいただいて生きているのだということを忘れずに生きていかなくてはなと、まだまだぼやっとですが思うようになってきました。何が何でも思い立ったら今すぐに動かなければとまでは思いませんが、珍しきいのち、限りあるいのちをいただいて生きているんだと言うことを忘れずに生きていきたいものです。
 真宗大谷派(お東)をはじめとする浄土真宗の各派でお坊さんになる式、得度式は親鸞聖人が得度なさっと時に戸を閉め切って真っ暗な状態にして式が執り行われています。

御文をいただく 其の六十二 五帳目第八通⑥ 阿弥陀仏のおこころ

このあたりは南無阿弥陀仏という言葉の解釈をしながら阿弥陀仏の救いやお徳を蓮如上人はお説きになっています。「弥陀をたのむ人をもらさずすくひたまふこころこそ、阿弥陀仏」といわれてます。阿弥陀仏は阿弥陀仏に必ずすくい取ってほしいとたのんでいる人を一人たりとももらすことなくみんなすくいとろうとしておられるのです。阿弥陀仏が私たちをすくい取る基準は本気で救ってとたのむ心だけで後は何も必要としない、その心一つ持ち合わせているのならば阿弥陀仏のお仕事として私たちをすくい取ってくださるのです。私たち救われる側としては容易でありがたい救いであります。
 ところで阿弥陀如来は私たちにとって非常に都合のよい救いをなぜご用意くださったのでしょう。そこは一度「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えながら訪ねていかなければいけないところではないでしょうか。「如来大悲」という言葉が参考になるというか手がかりになるような気がしてなりません。

城端別院巡回法座をお迎えしました

27日の午後から城端別院の巡回法座をお迎えしました。
教如上人のご影がお越しくださいました。そして御供くださった布教使さんは福野の正門武士師でした。
お話は教如上人の御供をされて来たと言うこともあり東本願寺建立の歴史をご紹介されてお話が始まりました。背伸びせず等身大のお念仏のいただきをお話しされているんだろうということを感じることのできるお話でした。

実は前日の暴風にて片づけてあった雪除けの三角屋根が3メートルくらい移動してしまいました。午後から法座があるので無理を言って檀徒さん数人に朝来ていただき定位置に元に戻しました。

通信350_御文をいただく其の六十一五帳目第八通⑤

御文をいただく其の六十一五帳目第八通⑤_ 南無阿弥陀仏のこころ
 この御文には南無阿弥陀仏の南無という言葉の意味として「後生たすけたまえ」とおさえられています。すなわち南無阿弥陀仏とは阿弥陀如来様、後生たすけてくださいと願うことということになります。そういうことでいえば南無阿弥陀仏というのはただただ南無阿弥陀仏といっておればよいというものではなく、たすけてくださいという思いで称えなければならないものということにもなります。
 人生を長く生きておれば助けてほしいと思うことは度々あったことでしょう。だけど阿弥陀さんにそういうふうに願ったことは私たちはどれだけあったでしょうか。仲のよい友達にならばまだたすけを求めることがあるかもしれませんが…どうでしょう。
 またただたすけてくださいとお願いするのではなく、後生をたすけてくださいとお願いするのが阿弥陀さまなのでしょう。後生というのは後の生ということです。死んで人間のいのちを終えた後ということです。私たちはなにげに簡単に「あの世」といわれるところに行くと思っている方は多いのではないでしょうか。また、死後の世界はないと割り切っておられる方ももしかしたら多いかもしれませんね。仏教では仏に成らなければ永遠に六道輪廻といいまして地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という世界をいのちは生まれ変わっていくと考えてきました。今人間として生きているのですが、その人間としての人生がよいものであればよいところに生まれることができますし、悪ければ悪いところに生まれるのだと考えてきました。そして仏道(仏教)というのはこのような迷いの世界をぐるぐる巡り続けるのではなく、そういう迷いの世界から離れ仏という生き方をしようと説くのです。人間を含めた迷いの世界をこれからも経巡りたいですか?
 一度自分の人生を振り返って死後の世界を含めて未来どう生きていきたいかということを考えてみませんか。またお釈迦さまは人や天の世界までもを迷いの世界と捉えられています。皆さんはそのことどう思います?ちょっと立ち止まって考えてみませんか?

彼 岸 会
 彼岸は年に2回あります。春彼岸と秋彼岸です。 春彼岸は3月の春分の日を中心とした前後7日間、秋彼岸は9月の秋分の日を中心とした前後7日間のことです。 彼岸の始まりは「彼岸の入り」、最終日を「彼岸明け」、そして彼岸の真ん中にあたる春分・秋分の日を「中日(なかび、ちゅうにち)」と呼びます。その期間に期間に勤める法会を彼岸会といいます。
 「彼岸」という言葉は、昔のインド地方の言葉であるサンスクリット語の「パーラミター(波羅蜜多)」が語源です。「向こう岸に至る」という意味があります。ですから彼岸とは私たちが生きる、苦しみに満ちたこの世とは対照的な向こう側の世界、仏教の理想世界とされる悟りの境地や浄土のことです。
 春分、秋分の日は昼と夜の時間がほとんど同じ日であり、太陽は真東から登り、真西に沈みます。ですから春分・秋分の日は現世と浄土が最も近くなる日とされています。また西方浄土(彼岸)がどちらにあるかわかる日、私たちが進むべき道がはっきりする日なのです。
 お彼岸の日には特に先祖が我が身を使って「あなたも死す身だよ」と私たちに呼びかけてくださっていることを思いだし。限りあるいのちを生きている私はどのように今まで生きてきたのか、これからどのように生きていかないといけないのかそういうことを振り返ったり考えたりすることも大切なのではないでしょうか。

波別院巡回法座開かれる
綽如上人椅子の御影をお迎えして井波別院巡回法座が2月13日開かれました。お供されてこられた布教使さんは現影顕正さんでした。お話は永六輔さんの「人の死は一度だけでありません。最初の死は医学的に死亡診断書をかかれたとき、でも死者を覚えている限り、その人の心の中で生き続けている」という言葉を紹介されてお話が始まりました。コロナの第6波といわれるものが来襲していて当然ながらお参りいただいた方は多くありませんでした。早くコロナ退散してくれ!そしてみんなが安心してお参りできますように。

井波別院巡回法座をお迎えしました

綽如上人椅子の御影をお迎えして井波別院巡回法座が開かれました。御影にお供されてこられた布教使さんは現影さんでした。

お話は影六輔さんの「人の死は一度だけでありません。最初の死は医学的に死亡診断書をかかれたとき、でも死者を覚えている限り、その人の心の中で生き続けている」という言葉を紹介されてお話が始まりました。

コロナウィルス感染症が大流行している中なかなかお誘いできずにあって(言い訳ですね)、やっぱりお参りが多かったといえる状態ではありませんでした。午前中月参りをさせていただいていても今日あるよねと聞かれても、なかなかおまちしていますとはいえず。無理せんでいいよ、なんて言ってしまってました。座を開きながら複雑な心境でした。開くことに意味があるんだと思ったりお寺でクラスタになるより中止した方がいいんでない?なんていう思いの中で決断できずに開催してしまいました。本当にこれで良かったのでしょうか?

通信349

2月15日はお釈迦さまが涅槃に入られた日です

「涅槃」とはさとりの境地、苦しみが消滅した状態を意味します。お釈迦さまがこの世でのいのちを終えたことにより、身体的な苦からも脱して完全な「涅槃」に至ったとすることから、お釈迦さまが亡くなられたことを「涅槃」と称しています。
紀元前5世紀ごろルンビニ(ネパールとインドの国境付近)で生まれ、やがて人生の無常を憂い出家したお釈迦さまは、35歳でさとりを得ます。以後、修行の旅に各地を巡り、煩悩が引きおこす苦しみから逃れ、安らぎを得るという教えを人々に授けました。伝道の旅は、80歳で亡くなられる寸前まで続き、2月15日にお釈迦さまはお亡くなりに成られたと言い伝えられています。自分の死が近いことを察したお釈迦さまは、弟子たちにこう説かれました。「私の亡きあとは、私ではなく自分自身をより所として、また私が伝えた教えを、闇を照らすともしびとして、歩んでゆきなさい」お釈迦さまは個人崇拝の対象となることを否定され、弟子一人ひとりが確かに、自立して進むことを求めたのでした。
そして「もろもろの存在は変わりゆく。怠らず精進しなさい。」という最期の言葉を残し、静かに息をひきとったのでした。
お釈迦さまのご命日を縁として勤めます涅槃会は全国各地で勤められます。また富山ではお釈迦さまのご遺骨を模したものとして4色で彩られた涅槃団子が配られることが多いです。

涅槃会兼井波別院巡回法座
日時 2月13日(日)午後1時30分より午後4時まで
会場 常入寺本堂 布教使 未定
参加費 無  料
(ただし、何度かお賽銭を集めさせていただきます)
また、井波別院への祠堂並びに万人講の受付をいたします。
※新型コロナウイルス感染症拡散予防策をとった上でお越しください。

彼岸会兼城端別院巡回法座
 日 時  3月27日(日)午後1時30分より4時まで
 会 場  常入寺本堂   布教使 未 定
 参加費 無  料(ただし、何度かお賽銭を集めさせていただきます。)
また、城端別院への祠堂並びに万人講の受付をいたします。
※新型コロナウイルス感染症拡散予防のためマスクをつけてお越しください。