401_2025年常入寺報恩講のご案内_御文をいただく 其の七十一 五帳目第十通②

報恩講厳修
十月三十一日午後一時三十分より十一月一日午後三時まで

報恩講とは私たちの宗祖親鸞聖人のお亡くなりになられた日を縁として勤められる年間行事の中で一番大切なものです
皆様と一緒にお念仏の声をそして親鸞聖人のみ教えを
聞いていきたいと思っています
《日  程》
10月31日(金)   午後1時30分より 午後のおつとめ
11月  1 日(土) 午前9時30分より 午前のおつとめ
午後1時30分より まとめのおつとめ毎回正信偈のお勤めをします その後にお説教があります
 お話しくださるのはいつもの方ではなく 
富山教区駐在教導の菊池 正見さん(射水市・誓光寺)です
 お説教の内容はは親鸞聖人のご生涯についてお話をしていただきます
★例年のごとく11月1日にオトキ(昼食)を用意しています
無料ですので是非食べていってください
★長寿者などを対象に自宅からゴボハンへ ゴボハンから自宅への送迎サービス(無料)を実施いたします 前もって電話をいただければ係のものが迎えにまいります   是非ご利用ください

御文をいただく 其の七十一五帳目第十通②

この五帖目第十通の御文は浄土真宗の救いを簡単にわかりやすく説明されているものだと思います。私たちが「もろもろの雑行をなげすてて一心に弥陀に帰命すれば」阿弥陀さまが私たちに往生間違いなしというお約束をくだされるというのです。中々私たちの理解を超えたものですが。そして「一心に弥陀に帰命す」るという信心もここには書かれていませんが、阿弥陀さまのお導きによって信心がいただけると言われているのです。南無阿弥陀仏とお念仏を称えようと思うこころも阿弥陀さまが、念仏を称えたものを浄土にすくい取ろうとはたらかれるのも阿弥陀さまなのです。念仏の救いすべてが阿弥陀さまの計らいなのです。私が入る余地が全くないのです。阿弥陀さまの自演自作の救いといっても良いかもしれませんね(笑)。このことを念仏を称えてこられた先輩方は「他力」いってこられたわけです。そう言う意味で言えば『他力本願」という言葉をたまに聞きます。それは他人任せという意味で使われていますが、そうではなく、本来の意味からいえば阿弥陀さま任せという意味のです。


お道具磨き(仏具磨き)をしていただきました

12日午前中、東老田尼講の方々にお手伝いを頂き報恩講に向けて仏具磨きをしました。

終わった後皆さんで正信偈のお勤めをした後ゆっくりお茶を飲んでいってもらいました。久し振りに本堂が賑やかでした。こんな本堂が賑やかな日が増えればなと住職は思ったわけです。いいひとときでした。

そして住職は報恩講のとき、懇志を頂いた方のお返しとして使う銀杏を洗い始めました。報恩講の準備が少しずつ始まっています。

どうぞどなた様もお参りください

400

ごぼはんだより400号発行に寄せて

 ごぼはんだよりは今回の2025年10月号で通算400号を迎えました。もう何年前から始めたのかということは資料を残していないのでわかりませんし、住職自身もはっきりとは覚えていません。ただ住職になって何かをしなければならないということで祠堂経や報恩講の案内をごぼはんだよりとして発行した記憶はあります。そしていつしか本願寺八代の蓮如上人が御文を沢山書かれるなど文章伝道をされたことを参考に、毎月発行させていただくことにしたのかなと、かすかな記憶にあります。単純計算すると年間14号発行していますので400を14で割ると約28年になります。まぁようやったもんやなと自分ながら感心するばかりです。たまにごぼはんだよりをお渡すのを忘れていたら「まだもらってないよ」と催促下さる方がいて、これも続けて発行していこうという思いにからせて頂きました。そう言う意味で読んでいて下さる方がいるんだなと思えたからこそ400号まで発行することができたわけです。私が頑張ったというよりは皆様の励ましにより続けられたと言えることです。
 いつまでできるかなという思いもあるのですが、これからも許される限り発行して行く思いであります。ただただ発行したというだけで中身は薄っぺらいものなのですが、これからもゆるくゆるく、いろんな思いを込めて発行し続けていきたいと思いますので皆様もこれに目を通し続けるということでご協力ください。
お願いします。