往生とは
「浄土に往生したいですか」と聞かれて、素直に「はい」と答えられる人は、どれくらいいるでしょうか。
往生とは、浄土に生まれることです。しかし、死後の世界は私たちには分かりません。分からないものへの不安もあります。だから浄土と聞いても、なかなか「往きたいところ」にはならないのでしょう。
けれども私たちは、日々の暮らしの中で、「このままでいいのだろうか」と感じることがあります。
ところが、そんなときにも私たちは、「あの人が変われば」「世の中が変われば」と、いけないことの原因を自分以外のところに見つけようとします。
けれども、私が批判している「あの人」と私は、本当にまったく違う人間なのでしょうか。
人を傷つける心も、自分を守るために誰かを排除する心も、自分だけは正しいと思う心も、私の中にもあります。置かれた状況が違えば、私も同じことをする身かもしれません。
変わらなければならない社会の、その原因は私の中にもあるのです。
「あの人が変わらなければ」ではなく、「私が変わらなければ」。
「私が変わる」。そこに成仏の始まりがあり、浄土往生も私自身の問題になってくるのではないでしょうか。
往生とは、死んでから突然始まる話ではありません。
「変わらなければならないのは、私ではないか」
そう問われるところから、私の浄土往生は始まるのだと思います。
お道具磨き
10月18日(日)午前9時~11時
報恩講をお迎えするにあたって仏具を皆さんと一緒に磨きます。尼講の方々を中心として行いますが尼講員でない方もご参加ください。特に男性の方大歓迎です。どうぞご協力よろしくお願いします。
よろしければ磨き用のタオルを1枚ご持参ください。
