「お葬式って、しなければならないのでしょうか?」
ときどき、そんな問いを受けることがあります。
お葬式をしなくても、火葬によって亡き人を見送ることはできます。いわゆる「直葬」というかたちもありますし、宗教的な儀式を行わずにお別れすることもできます。
それで十分だと思われる方もおられるでしょう。
一方で、大切な人との別れを前にすると、
「本当に、このままお別れしていいのだろうか」
「何もしなくていいのだろうか」
と、ふと思うこともあるのではないでしょうか。
「ちゃんと供養してあげたい」
「何もしなかったら、亡くなった人に申し訳ない」
あるいは、「粗末にしたら、何か悪いことが起こるのではないか」と不安になることもあるかもしれません。
大切な人を亡くしたとき、その人のために何かしてあげたいと思うことも、何もしないことに不安を感じることも、ごく自然なことではないでしょうか。
もしかすると、お葬式が営まれるのは、亡き人に何かしてあげたいという思いがあるからなのかもしれません。
大切な人が亡くなってからお葬式が終わるまでの時間は、思っている以上に慌ただしいものです。
さまざまな連絡や打ち合わせ、来てくださった方への挨拶や接待などに追われ、大切な人を亡くしたばかりなのに、ゆっくりとその人を思う時間さえ持てないことがあります。
だからこそ、せめてお葬式の時間は少し手を止めて、亡き人の前に座ってみませんか。
手を合わせ、お勤めを聞きながら、大切な人とお別れする。
その言葉の意味が、すぐには分からなくてもいいのだと思います。悲しみや不安を抱えたままでもいい。
亡き人とお別れするその時間に、響くお勤めに耳を傾けてみませんか。
そのお勤めを通して、親鸞聖人が伝えてくださった念仏の教えに出遇っていただけたらと思います。
お葬式は、「しなければならないから」勤めるものではありません。
でも、大切な人とのお別れのとき、少し手を止めて、一緒に手を合わせ、お勤めに耳を傾けてみませんか。
お葬式は、そんな時間なのだと思います。
