
生きちゅうき、悲しいがや
生きちゅうき、苦しいがや
二〇二五年四月に放送が始まったNHKの朝の連続テレビ小説『あんぱん』を楽しみに見ていました。
モデルとなったやなせたかしさんが描かれた『アンパンマン』には、仏教の考え方と通じるものがあると言われています。そのためでしょうか、このドラマにも仏教を思わせる言葉がいくつも登場しました。
その中でも、私の心に深く残ったのが、
**「生きちゅうき、悲しいがや。生きちゅうき、苦しいがや。」**という言葉です。
この言葉を聞いたとき、私はお釈迦さまの「一切皆苦」という教えを思い出しました。
「一切皆苦」とは、生きることそのものが思いどおりにならないという現実を表した言葉です。病気になることもあれば、大切な人との別れもあります。努力が報われないこともあれば、自分ではどうすることもできない出来事に出会うこともあります。
悲しみや苦しみを感じるのは、生きている証でもあるのでしょう。
私たちは普段、そのことを忘れて暮らしています。しかし、思いがけない出来事に出会ったとき、「そうだった。人生は思いどおりにならないものだった。」と、ふと気づかされることがあります。
浄土真宗は、苦しみのない人生を約束する教えではありません。苦しみを抱えて生きる、この私を見捨てることなく、阿弥陀さまがいつも寄り添い、「あなたは決して一人ではない」と呼びかけ続けてくださっていることを聞かせていただく教えです。
「生きちゅうき、悲しいがや。生きちゅうき、苦しいがや。」
この言葉を聞くたびに、悲しみや苦しみを抱えながら生きているのは私一人ではないこと、そして、その私を包み込んでくださる阿弥陀さまの願いの中を生かされていることを、あらためて味わわせていただいています。
