仏・菩薩と私たちの決定的な違いは、「終わりなき歩み」をどこまでも歩み続けられるかという一点にあります。私たちは常に「いつか完璧になれる」という完結の夢を捨てきれず、その夢が破れると挫折し、少しうまくいけば「こんなもんやろ」と歩みを止めてしまいます。しかし、仏様の願いは、私の不甲斐なさや誘惑に負ける心さえも既に見抜いた上で、その限界を引き受け、救いを完成させてくださいました。
私たちは、本当のどん底も、本当の完結も知らないまま生きているのかもしれません。けれど、お念仏の中に「まだだ、そこがゴールではないぞ」と自分の完結を破り続けられ、促され続けることこそが、実は真の安心なのです。道半ばの私でいい。その未完成な歩みを丸ごと包む仏様の願いに背中を押され、今日もまた一歩一歩を踏み出していくのです。
