
鬼は外まく豆すべて吾にあたるなんで?
鬼は外 まく豆すべて 吾にあたる なんで?
節分になると、「鬼は外、福は内」と声をあげながら豆をまきます。
鬼を追い払おうと、外へ向かって勢いよく豆を投げているはずです。
ところが、この一句では不思議なことが起こります。
「鬼は外 まく豆すべて 吾にあたる なんで?」
外へ向かってまいたはずの豆が、なぜか全部、自分に当たるというのです。
「なんで?」
思わず笑ってしまう光景ですが、笑っているうちに、「これは私のことかもしれない」と気づかされます。
私たちは、人の欠点や過ちにはよく気がつきます。「悪いのはあの人だ」と思い、「鬼は外」と豆をまいているつもりです。
ところが、その思いは巡り巡って、自分自身を苦しめています。人を責めているつもりが、自分の心を荒らし、人を裁いているつもりが、自分の姿を映し出していることがあります。
鬼には鬼の自覚がないように、私もまた、自分の姿はなかなか見えません。
だからこそ、外へ向かってまいたはずの豆が、いつの間にか私に当たっているのでしょう。
仏さまは、「あの人が鬼だ」と教えられるのではありません。
「まず、自分の姿を見つめてごらん。」
そう、静かに呼びかけてくださっているように思います。
節分は、鬼を追い払う日であると同時に、自分自身を見つめ直す日でもあるのでしょう。
