今月のことば_2026年01月

働いて、働いて、働いて、働いてまいります

この言葉は、ある政治家が総理就任の際に語った「働いて、働いて、働いて、働いてまいります」という決意表明を聞いて思いついた法語です。

あの言葉を耳にしたとき、私は少し心配になりました。

もちろん、国のために懸命に働こうという決意そのものは尊いことです。

しかし、その言葉を聞いた多くの人、とりわけ部下や職員はどう受け止めるだろうか、と考えたのです。

「トップがそこまで働くのだから、自分たちも働かなければならない。」

そんな空気が生まれはしないだろうか。

休むことや立ち止まることさえ、許されない社会になってしまわないだろうか。

そんな危惧を抱きました。

人間は、働くためだけに生きているのではありません。

疲れることもあります。迷うこともあります。休まなければ前へ進めないこともあります。

だからこそ、「働いて、働いて、働いて、働いてまいります」と本当に言えるのは、人間ではないのではないかと思ったのです。

そこで私は、この言葉をお借りして、

「阿弥陀如来は『働いて、働いて、働いて、働いてまいります』」

という法語を作りました。

阿弥陀さまのはたらきには、過労もありません。見返りも求めません。誰かを追い立てることもありません。

私が仏さまを忘れているときも、自分勝手に生きているときも、迷い苦しんでいるときも、変わることなく私に向かってはたらき続けてくださっています。

その願いに気づかされたとき、「申し訳ない」という思いが湧いてきます。

けれど、正直に言えば、私はいつもそんな心ではありません。

だから、この法語の最後に、

「よく考えれば俺がそんなこと思うはずがない。でも思いたい。」

と添えました。

仏さまの限りないはたらきに出遇うたび、そのご恩を「もったいない」と受け止められる私でありたい。その願いを育てていただくことこそ、聞法なのだと思います。

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