2026年8月15日を迎えて ― 戦争の歴史から問われること

8月15日。今年も甲子園球場では、試合を一時中断して黙祷が行われていました。

あの戦争が終わってから、80年以上の年月が過ぎました。私自身は戦争を経験していません。生まれる前の出来事です。

しかし、「自分が生まれる前のことだから」と、過去の出来事として片づけることはできません。

私たちの教団、真宗大谷派も、かつての戦争に大政翼賛し、戦争に加担してきた歴史があります。

さらには、宗祖・親鸞聖人が国家権力による念仏弾圧について記した『教行信証』の言葉さえ、当時の天皇制国家のもとで削除・不拝読の対象としていった「聖典削除」の歴史があります。

教団は1995年の「不戦決議」において、自らが「佛法の名を借りて」多くの青年たちを死地へ赴かせたことを懺悔しています。

この歴史を、「当時の教団が仏教を戦争に利用した」と言うこともできるでしょう。

しかし、それだけで終わらせてよいのだろうか、と私は思います。

仏法を聞いていれば戦争には加担しない。私自身、そう言い切ることはできません。

むしろ、本来は仏法によって我が身を問われているはずの私たちが、いつの間にか仏法を自分たちの「正義」にして、その正義によって自らの行為を正当化してしまう。

それは過去の教団だけの問題ではなく、今を生きる私自身にも起こり得ることではないでしょうか。

「昔の人は間違っていた」と言ってしまえば簡単です。

しかし、当時の人たちも、自分たちが間違ったことをしていると思いながら戦争に協力したわけではなかったのでしょう。国を守るため、アジアのため、平和のため――そこには、その時代なりの「正しさ」があったのだと思います。

「大東亜共栄圏」という言葉にも、「アジアが共に生き、共に栄える」という理念が掲げられていました。

しかし、その「共に」が、日本の理屈を中心にして語られ、他者の声を聞かず、日本の考える正しさを押しつけるものになっていったとき、「共に栄える」という理念とは大きくかけ離れた現実を生み出していきました。

どれほど立派な理念を掲げていても、自分たちの正しさを疑わなくなったとき、その正しさは人を傷つけるものにもなり得ます。

これは、過去の日本だけの問題ではありません。

では、今の私はどうなのでしょう。

自分が正しいと思っていることだけを見てはいないだろうか。
自分とは違う考えを持つ人の声を聞いているだろうか。
「平和」を願う私自身が、その「平和」という正しさによって誰かを排除してはいないだろうか。

戦争の歴史を振り返るということは、過去の誰かを裁くことではなく、今を生きる私自身が問われることでもあるのだと思います。

戦後、私たちの教団では、自らのあり方を問い直す中から同朋会運動が展開されてきました。

同朋――共に仏さまの教えを聞く者として生きるとはどういうことなのか。

一つの考え、一つの価値観、一つの「正しさ」にすべての人を合わせるのではなく、それぞれに違う一人ひとりが、共に教えを聞きながら生きていく。

そのことを、戦争の歴史からも問い続けなければならないのではないでしょうか。

そして、戦争の歴史を考えるとき、日本国憲法第九条が置かれたことの意味についても考えずにはおれません。

あの戦争によって、日本だけではなく、アジアをはじめとする多くの国や地域で、数えきれない人々の命が奪われ、暮らしが壊されました。

その歴史の上に、「二度と戦争を繰り返さない」という願いが生まれ、戦争を放棄するという憲法九条が置かれました。

私が大切にしたいのは、ただ九条という条文を守るということだけではありません。

なぜ、その条文が生まれなければならなかったのか。

その背景にある歴史と、そこに託された願いを忘れないことです。

戦争をしたのは、私ではありません。

けれども、その歴史と無関係な私でもありません。

そして、「戦争はいけない」と言っているだけで、再び戦争へ向かうことを防げるわけでもないのでしょう。

自分たちの正しさを疑わなくなってはいないか。
異なる声を聞かなくなってはいないか。
人の命よりも、国家や組織の都合を優先してはいないか。

そして何より、仏法を聞いているということさえ、自分を「正しい側」に置くためのものにしてはいないか。

歴史を振り返れば振り返るほど、それは過去についての問いではなく、今を生きる私自身への問いになってきます。

真宗大谷派は2025年の「非核非戦決議」において、1995年の不戦決議をあらためて確認し、「平和の意味、そして自らの姿を問いたい」と表明しました。

平和を願うことと、自らの姿を問うこと。

その二つを切り離さず、戦争の歴史を忘れず、二度と戦争を繰り返さないという願いを大切にしていきたいと思います。

常入寺もまた、仏さまの教えに聞きながら、平和とは何か、そして私自身はどう生きるのか、その問いを持ち続ける寺でありたいと思っています。


 

 

参考資料

非核非戦決議2025

 戦後50年を経た1995年6月、真宗大谷派は、自らの罪責を懺悔し人類の願いを「不戦の誓い」として表明しました。

「不戦決議」

私たちは過去において、大日本帝国の名の下に、世界の人々、とりわけアジア諸国の人たちに、言語に絶する惨禍をもたらし、佛法の名を借りて、将来ある⻘年たちを死地に赴かしめ、言いしれぬ苦難を強いたことを、深く懺悔するものであります。

この懺悔の思念を旨として、私たちは、人間のいのちを軽んじ、他を抹殺して愧じることのない、すべての戦闘行為を否定し、さらに賜った信心の智慧をもって、宗門が犯した罪責を検証し、これらの惨事を未然に防止する努力を惜しまないことを決意して、ここに「不戦の誓い」を表明するものであります。

さらに私たちは、かつて安穏なる世を願い、四海同朋への慈しみを説いたために、非国⺠とされ、宗門からさえ見捨てられた人々に対し、心からなる許しを乞うとともに、今日世界各地において不戦平和への願いに促されて、その実現に身を捧げておられるあらゆる心ある人々に、深甚の敬意を表するものであります。

私たちは、⺠族・言語・⽂化・宗教の相違を越えて、戦争を許さない、豊かで平和な国際社会の建設にむけて、すべての人々と歩みをともにすることを誓うものであります。

右、決議いたします。

 

1995年6月13日  真宗大谷派 宗議会議員一同

1995年6月15日  真宗大谷派 参議会議員一同


私たちは、この決議の重みを再確認し、平和の意味、そして自らの姿を問いたいと思います。

決議より30年、基地問題で苦しみ翻弄される沖縄に何度も訪問視察してきましたが、寄り添うことの難しさを痛感しました。

戦争の悲惨さと愚かさに対する感覚は時の経過と共に風化しつつあり、加えて、現在も続いているロシア連邦によるウクライナへの侵攻は、未だ終息の兆しは見えず、核兵器の使用をも示唆し威嚇しています。パレスチナ・イスラエル紛争も、激化の一途をたどっています。

戦後80年を迎える今、身近なところはもとより、多くの犠牲を出した、激戦地沖縄や被爆した広島・長崎での体験を語ってくださる方も少なくなってきています。

「怨みに報いるに怨みを以(もっ)てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない」 (『法句経』)

永い人類の歴史は、人が人を殺し、傷つけ合う悲しみの連続でした。如来の願心は、自我愛を正当化して「賜ったいのち」を奪い合うことを悲しみ、私たちに「共に生きよ」と教えられています。 

私たちは、この教えを聞きひらき、自らの姿を問い学び、戦争の悲惨さと愚かさを次世代へ伝承するために、あらためてここに「非核非戦の誓い」を表明します。

2025年6月7日  真宗大谷派 宗議会議員一同

2025年6月9日  真宗大谷派 参議会議員一同

●非核非戦決議2025【PDF】

 

上部へスクロール