
わかり合えないことをわかりあって 仲良くなった
これは、タレントのホラン千秋さんが、キャスターを務めた番組を振り返って語られた言葉です。
私も番組を見ていて、最初の頃はキャスター同士の息が合わないように感じることがありました。しかし、年月を重ねるうちに、お互いの呼吸が合い、自然なやり取りができるようになっていったことを思い出します。
私は、この言葉を聞いて、「分かり合う」ということを少し勘違いしていたのではないかと思いました。
私たちは、「分かり合える」と思っています。
しかし、本当に相手のことをどれほど知っているのでしょうか。
その人がどのような家庭で育ち、どのような喜びや悲しみを経験し、何を大切にして生きてきたのか。そのすべてを知ることはできません。
私たちが知っているのは、その人のほんの一部分にすぎません。
それなのに、「この人はこういう人だ」と決めつけ、「分かったつもり」になってしまうことがあります。
だからこそ、「分かり合えないことを分かる」というホランさんの言葉は、とても深い意味を持っているように思うのです。
「私は、まだあなたのことを知らない。」
そのところから人と出会うならば、もっと相手の話を聞こうと思えるでしょうし、自分の物差しで相手を決めつけることも少なくなるのではないでしょうか。
仏教でも、まず知らされるのは、相手のことではありません。
「自分のことさえ、私はよく分かっていなかった。」
という私自身の姿です。
自分のことも分からない私が、相手をすべて分かったように思い込んでしまう。その私の姿に気づかされるところから、仏さまの教えは始まります。
「わかり合って、わかり合えないことを」。
この言葉は、「分かり合えないから諦めよう」ということではありません。
分からないということを忘れずに、相手と出会い続けていく。
そんな人との向き合い方を教えてくれている言葉のように思います。
