通信336

私の願い 仏の願い

 この間ある方から「神や仏もあるものから始まる宗教」という言葉を聞いてドキッとした記憶があります。多分なのですが、この言葉は私たちは何を拝んでいるのか、私たちは何のために拝んでいるのかと言うことが問われているのではないかと感じています。
 私たちのお参りというのはお願い事をするのが基本ですし、願い事が叶うかもしれないからお参りするのでしょう。「先祖が安らかでありますように」「健康でありますように」私たち日本人はそういうことを神仏に祈ってきたことでありましょう しかし、それでいいのだろうかという思いも私にはあるのです。自分の思いが叶う世の中ってよい世の中なのでしょうか。
 仏教では人間を凡夫と押さえます。私たちの宗祖親鸞聖人は「凡夫というは、無明煩悩われらが身にみちみちて欲も多く、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころ多くひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえずたえずと水火二河のたとへにあらはれたり」とおっしゃっておられます。無明・本当のことがわかってなくて、煩悩が我が身に満ち満ちているのが人間であり、私であるといわれています。私の煩悩まみれの願い事は神仏がかなえてくださるのでしょうか。そういう願い事をしている私たちをどのように見ておられるのでしょう。また神仏は私たちのどういう願いだったらかなえてもらえるのでしょう。一度考えてみないといけないことなのだと思うのです。
 神仏は私たちにお願い事をするなとは言われないでしょうが、どういうことを願ってほしいと思われているのでしょう。願い事をしながら考えてみませんか。

共に生きる道

 皆さんジェンダーフリーという言葉をご存じでしょうか。社会的性別にこだわらないという意味です。また、「従来の固定的な性別による役割分担にとらわれず、男女が平等に、自らの能力を生かして自由に行動・生活できること」と定義されます。男女共同参画という言葉につながる言葉だと思ってます。
 このことが今世界各国から日本が遅れているのではないかと思われているみたいですね。まぁ、実際私の生活を振り返るとまだまだだなって思う次第です。(汗)
 今年の二月の初めよりこのことがよくテレビに取り上げられていますよね。以前総理大臣もなさっていた、今はもうやめになられましたが、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長だった森喜朗さんが女性蔑視と受けとめられる発言をしてしまい世界中で話題になりましたね。私はやっぱり男側にたってものを見てしまっているからか、高齢だし仕方ないな、でも立場あるお方だからやめなくてはならないなと発言ををテレビで見て思っていました。でもその後のテレビの反応を見ていると仕方ないっていう雰囲気はなかったですね。 
 彼が辞意表明をしたときにまた、「解釈の仕方だ」とか「そういう意図でいったわけではない」「女性を蔑視する気持ちは毛頭ない」というような反省の気持ちがないのではと受けとめられるようなことをいわれてしまい、また物議を醸すことになってしまいました。
 さてここからが私の言いたいことなんですが、彼を擁護するために言うのではなく、差別ってこういうものだということ言うために言うんですが、そういう意図はなかったとか女性を蔑視する気持ちは毛頭ないといわれたこと私は嘘ではないと思います。蔑視する気がなくても結果してしまうのか差別というものなのではないかと私は思ってます。言葉を気をつけてさえおれば、行動さえ気をつけてさえおれば差別はなくなるものではないと思うのです。三つ子の魂百までといわれるくらい奥までしみこんでしまっていて、わずかな割れ目からしみ出してくるものなのではないでしょうか。そういう悲しみ的なことに気づいて行くことが差別をなくすという歩みでは大事だと私は思います。あの人は差別者だ!と他人を非難するにとどまるのではなく、私に染み込んでしまっている差別性に一緒に気づいて行くことが本当に大事だなって思うわけです。

大谷派八組 (お東の射水周辺の集まり)聖  典  講  座
正信偈のお心を聞く講座です。今回が初回で合計3回(4月18日、5月16日)常入寺にて行われます。講師は皆さん方から好評でした、一昨年報恩講でお話しいただいた金沢市の松扉覚(しょうひさとる)さんです。参加無料ですので是非ご参加ください。
日 時  3月21日(日)午後2時より4時くらいまで
会 場 常入寺本堂 布教使  松扉覚師(金沢市本泉寺)
参加費 無料(ただし、途中賽銭を集めさせていただきます)
※マスク着用など感染予防をしてお越しください

彼岸会兼城端別院巡回法座
日 時  4月4日(日)午後1時30分より3時30分まで
会 場  常入寺本堂   布教使 未 定
参加費 無  料(ただし、何度かお賽銭を集めさせていただきます。)
また、城端別院への祠堂並びに万人講の受付をいたします。
※新型コロナウイルス感染症拡散予防のためマスクをつけてお越しください。

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年頭によせて
                               住職 青井和成
 二〇二一年という年を迎えました。昨年のことを忘れて新たな一歩を踏み出したいと思ってしまう昨年でしたね。新型コロナウィルスの感染症が大流行し、いままで当たり前にできていたことが突然にできなくなった年でした。また世界的なこの感染症大流行により東京にて行われるはずだったリンピックも一年延期になってしまいました。この感染症の大流行が昨年で終わってくれればよかったのですが、どうもそうではなさそうですね。ワクチンも各国で生産されているそうですが、それが私たちのところにまでやってくるのはいつになるののでしょうか。こんなことを考えてばかりいるとせっかくの新年なのに暗くなってしまいますね。
 私たちの宗祖親鸞聖人は「円融至徳の嘉号は悪を転じて徳と成す正智」と聖人の主著いわゆる『教行信証』に書かれています。私たちに先祖の方々が私たちに残してくださった南無阿弥陀仏は悪を転じて阿弥陀如来の徳となる智慧であるといわれています。悪がコロッと善に変化するというわけではありませんが、念仏を称えることによって私たちが悪だと思っていることの中から仏様のはたらきを感じさせてもらえるようになるといわれていると私は受け取っています。新型コロナウィルス感染症のことでいえばこのコロナ禍を見つめると私たちが本当に生きていく中で大切にしていかなくてはならないことが知らされてくるということなのではないでしょうか。ただただ怖がっているだけではなく、怖がりながらも今おきていることをしっかり見つめることが大事だと感じています。
 昔やっていたテレビアニメの一休さんのように「一休み一休み」して立ち止まり、今までを振り返りながらこれからを考えることが大事だと思うのです。

ごぼはんだより332号発行しました

御正忌法要
11月22日(日)午前10時より午後3時30分まで
おしっちゃはんとは東本願寺でつとまる御正忌報恩講(8日間勤められる宗祖親鸞聖人のご法事)にあわせて勤める仏事です。

午前の部        午前10時より
尼講追悼会   午後2時より
午後の部        引き続き

 ☆法話は住職が行います。
 ☆尼講によって、お昼にお斎のもてなしがあります。(予定)

お願い
例年のごとく当寺維持金のご協力をお願いします。
住職が12月のお参りのときお願い状を持ってまいりますので、なにとぞご協力のほどお願い申し上げます。
なお、収支報告は常入寺総会にて承認された上で、来年二月発行の「ごぼはんだより」にて公表させていただく予定にいたしております。

修正会
一月一日午前六時より
初老や還暦の方々が団体参拝されますので修正会の始まる時間が変更となる場合もございます
年始は午前四時半より受付を開始します。コロナ禍です、例年のようなご接待はできないと思っていますが、どうぞお参りください。

331 報恩講案内号 

報恩講厳修
十月三十一日午後二時より十一月一日午後三時まで

報恩講では
お念仏の声を共に聞いていきましょう

10月31日(土) 午後2時より 午後のおつとめ
11月1日(日) 午前9時30分より 午前のおつとめ
       午後1時30分より まとめのお勤め
★長寿者などを対象に自宅からゴボハンへ、ゴボハンから自宅への送迎サービス(無料)を実施いたします。前もって電話をいただければ係のものが迎えにまいります。
  是非ご利用ください。
※ 例年のごとく一日にオトキを用意しています。しかし、感染症拡散予防のためオトキは持ち帰り用の弁当とし、遠方の方以外はご自宅で召し上がっていただきます。
※ お参りの際にはマスク着用にてお参りください。
お説教は 松井 勇さん(南砺市)です。

御文をいただく 其の五六五帳目第六通⑥

お経様やお念仏は何のためにあるのか
皆さんはお経は何のためにあるかと考えられたことはあるでしょうか。先祖を慰めるため、悪霊と言われるものを退散するため、いろいろあるかもしれませんね。私はそういう力があるのかどうかということはよくわかりません。そんな力がないような気もしもしますし、またないとも断言できません。私は正直なところそういう力があってもなくてもいいと思っています。どんな効果がるのかということの前にお経って何?っていうことをはっきりさせ必要があると思っています。
 お経というのはお釈迦さまが今を生きているものにお説きになられた教えが書かれています。少なくても亡くなった人のためにお経はあるのではないのです。そして今を生きる私たちが聞いていかないといけないものだと私は思っています。ですからお経を読むことによって亡くなった人をどうにかなるという効力があるかないかということは主題ではないのです。私が成仏する(悟りを開く)ために聞いていかないといけないものなのです。
 お念仏も同じです。亡き人を成仏するためのものではなく、私が成仏するために阿弥陀さまがご用意くだされたものが南無阿弥陀仏というお念仏なのです。そのためにお念仏があるのだということを私たちは決して忘れてはいけないことなのでしょう。

お道具磨きを開催します

いつもお世話になっています。さて本年も常入寺報恩講に向けたお道具磨き(仏具磨き)をいたします。どうぞご協力くださいますようお願いいたします。

なお、本年は新型コロナウィルス感染を防ぐため、お道具磨き後の茶話会は開催いたしません。またご参加いただくときにはマスク着用でご参加ください。

そして発熱等の症状がある場合は申し訳ありませんが、お休みくださいますようお願いいたします。

日時          10月18日(日曜日)午前9時より

会場          常入寺本堂

申し訳ありませんが、お磨き用の古タオルもしくは古手ぬぐいをご持参ください。

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常入寺 秋季 彼岸会

日 時 9月27日 午後2時より4時まで
会 場 常入寺本堂
参加費 無 料 (ただし途中賽銭を集めさせていただきます)
講 師 長谷顕文さん(射水市布目沢 万徳寺)

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秋期彼岸会を勤めます

下記の通り彼岸会を勤めますのでどうぞお参りください。

日 時 9月27日 午後2時より午後4時まで

会 場 常入寺本堂

参加費 無料(だだし途中に賽銭を集めさせていただきます)

布教使 長谷顕文(はせあきふみ)さん 射水市布目沢 万 徳 寺

※感染症拡散予防にに心がけます。
    椅子席ですが、席と席の間をできる限り開けます。
    入り口にアルコール消毒液をおいておきますので、手指を消毒ください。
    お参りの節にはマスクを着用ください。
    体調が優れないお方は、申し訳ありませんがお控えください。

どなたでもお参りできます。お気軽にどうぞ