通信360

御  礼
10月31より11月1日まで当寺報恩講を勤めさせていただいたところ、コロナ下で感染の危険性がある中、またお忙しい中ご都合をつけてお参りをいただき、そして厚いご懇念をお運びいただき誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
お運びいただきました御懇志金は大切に常入寺の維持管理、そして運営のために使わせていただきます。今後とも常入寺維持運営にご協力いただきたくお願い申し上げます。
常入寺住職 青井和成

御正忌法要
11月27日(日)午前10時より午後3時30分まで
おしっちゃはんとは東本願寺でつとまる御正忌報恩講(8日間勤められる宗祖親鸞聖人のご法事)にあわせて勤める仏事です。

御正忌のお勤め 午前10時より
尼講追悼会   午後2時より

 ☆法話は住職が行います。
 ☆尼講員でない方で昼食が必要な方は24日まで住職まで申し込みください、実費にてお分けします

359 報恩講案内号_御文をいただく五帖目第八通⑧

報恩講厳修
十月三十一日午後二時より十一月一日午後三時まで
報恩講ではお念仏の声を共に聞いていきましょう
日  程
10月31日(月)   午後2時より 午後のおつとめ
11月1日(火) 午前9時30分より 午前のおつとめ
      午後1時30分より まとめのおつとめ
お説教は各と勤めの後にあります。
お話しくださるのは 松井 勇さん(南砺市)です。
※例年のごとく1日にオトキを用意しています。しかし、感染症拡散予防のためオトキは持ち帰り用の弁当とし、遠方の方以外はご自宅で召し上がっていただきます。(予定)
※お参りの際にはマスク着用にてお参りください。

御文をいただく 其の六十四五帳目第八通⑧
後生って何?
 この蓮如上人がお作りになられた御文には「後生」という言葉が度々出てきます。私の読む限り重要なキーワードとして扱われているように思えます。単純に意味を訪ねていけば後の生ということですから、死んだ後のことと言うことでしょう。今、現代においてなかなか死んだ後と問われてもピンとこない人が多いのではないだろうかと感じてます。それは「死んだ後の世界なんてないよ!」「今しかないんだよ。」とお答えになられる方が多いようにお見受けします。それと関係しているようにみうけれれます。
 今を大事に生きるということでは大切な考え方だと思います。しかし次の生がないと考えるのも何か愛想んない感じを受けてしまいます。まぁ、本当のことは死んでみないとわからないことでしょうけど…。
 少なくても南無阿弥陀仏を称えられてきた私たちの先輩方は後生というものがあり、そして浄土に生まれるためにお念仏を称えてこられた事実をなかなか後生というものを信じ切れない現代を生きる私たちは押さえておかなければならないことでしょう。「非科学的だ」「古くさい」という言葉で片付けることはあまりにももったいないと思いますし、先輩方に失礼なことだと思います。
 少しぼやき気味になってしまいましたが、私的に考えると後生というのは死後の世界に限定せずに今より後、未来と考えてもよいと思っています。単純に後生があると思えている方はそのままでよいと思いますが…。このままの価値観で大丈夫か?このままの生き方で大丈夫か?このままで本当に未来はよいのかと問いかけていることばが蓮如上人が言われる「後生」という言葉だと理解されてもよいと思っています。後生という後の世を問いながら同時に今現在の私たちの生き方を問いかけていて、どんな未来を求めるのかと問いかけていることばなのではないでしょうか。

<御願い>
報恩講と御正忌法要を当寺で勤めさせていただきますので、
10月30日~11月1日、11月27日は皆様のお宅への月参りは休止します。
報恩講、御正忌法要のお勤めと併せて本堂にてお勤めさせていただきますでの是非とも報恩講、御正忌法要にお参りください。ご理解いただきますよう御願いいたします。 
またどうしてもと言われる方は前もってお寺まで電話ください。日の変更など対応させていただきます。

356_私たちには人生をやり直すリセットボタンはありません だけど いつでも生き方を改めることは可能です

 皆さんは人生をやり直したいと思ったことや、人生を消すことのできる消しゴムがあったならばどんなに便利だろうと思ったことはないでしょうか。私にはあります。ない人がいるのならばうらやましいというかその人にとって生きることが本当に充実していることなのでしょう。
 また私たちの人生はやり直しがきかないものだということを聞いたことはないでしょうか。輪廻転生という考え方もありますが、同じ人生というか同じ環境で二度生きられるということはないと思います。私として生きていることは一度きりなんだといっても言い過ぎではないと思います。そう言う意味で私たちは人生をやり直すことはできないのです。そういう一度しかない人生を生きているわけですが、いろいろ失敗をしてやり直せるのならば…と思ったことは皆さんにもあるのではないでしょうか。私たちの人生は初めや途中からやり直すということはできません。だけれども哀しむ必要もないのです。しっかり反省をして二度と繰り返さないと心に言い聞かせて生き方を改めて行くことは私たちには可能なのです。過去の失敗を忘れず、二度と繰り替えなさいようにとすることは私たちには可能なのですから。また改め直そうとする心が私たちにとって一番の宝物だと私は思います。

354_御文をいただく 其の六十三五帳目第八通⑦

祠堂経会厳修
二〇二二年六月十九日午前九時三十分より二十日午後四時まで

6月19日(日)
午前の部、並びに祠堂のお勤め
午前9時30分より
尼講のお勤め 午後2時より
午後の部 尼講のお勤めに引き続き
6月20日(月)
午前の部 午前9時30分より
午後の部 午後2時より
(午前の部12時頃、午後の部4時頃終了予定です)
※19日は尼講によるオトキがございます。(予定)
東老田尼講員以外でオトキをご希望の方は実費にてお分けします。6月13日までに住職に申し出てください。
※それぞれのお勤めのあとに法話があります。
法話は両日とも佐賀枝立さん(魚津市栄明寺住職)
がされます
※新型コロナウイルス感染症の拡大状況によって中止を含めて内容を変更する場合があります。(変更の場合は本堂前に張り出します)
※マスクをするなど感染症対策をしてお越しください。
どなた様もお参りできます、お気軽にどうぞ。
皆さんといっしょにお念仏のみ教えを聴聞いたしたいと思っています。
ご近所の方々をお誘いの上お参りください。 お待ちいたしております。

御文をいただく 其の六十三五帳目第八通⑦

 御文とは、蓮如上人という今から530年くらい前の方なのですが、その方が私たち門徒に念仏を勧められるために書かれたお手紙です。言葉遣いは昔のものですからちょっと考えないと意味のわからないところや誤解してしまうところがあります。また今の常識の中で生きているものが聞くとあれっ?て思うところがあるのです。特に女性に対する認識は今の価値観にはあわないと思えるところが沢山あります。この御文もその一つです。世の中では「五障三従の女人」と言われているが、とお念仏の目指す社会ではないですが今の社会ではこう思われていると紹介されています。女性は生まれつき五つの障りがあり、だからその時その時によって従って生きていかなくてはならないというのが五障三従という考え方です。今の男女ともに社会参画をしていこうという考え方とは相反するものですね。蓮如上人もこういう社会ではなく念仏してそんな社会ではない浄土に行こうと誘っておられるのですが、今聞くとわざわざ五障三従の女人ということをわざわざわざいう必要がないと感じてしまいます。
 でも「五逆、五障・三従の女人なりとも、もろもろの雑行をすてて、ひたすら後生たすけたまへとたのまん人をば、(中略)みなことごとくもらさずたすけたまふべし」という言葉に救いを感じられた方々も沢山おられたこと事実でしょう。だからこと蓮如上人がおられた頃「女人講」という念仏を基とする信仰集団が沢山結成されたのです。

常入寺では祠堂を常時受け付けています。お寺に寄付することを祠堂といいます。身内が亡くなられたことを縁として祠堂されることが多いです。祠堂をなぜされてきたのかということを考えればそれはひとえに仏教(お釈迦さまの教えが)がいつまでも相続されるように、多くの人にとどくようにという思いからされてきたと思っています。祠堂される方の思いということもあるのでしょうが、それ以上に今亡くなられた人が願われてきたこととして、その思いを受け継いでこられたのでしょう。
 いつ祠堂すればよいのですかと聞かれることがありますが、寄付ですので、しなければいけないこともありませんし、いつということも決まってはいません。思い立ったときお寺にお持ちいただければありがたいです。また金額についてもお気持ちをお入れくだされれば結構です。決して多い少ないということはありません。祠堂しようというお気持ちがなによりお寺にとってこの上ない喜びですから。

通信349

2月15日はお釈迦さまが涅槃に入られた日です

「涅槃」とはさとりの境地、苦しみが消滅した状態を意味します。お釈迦さまがこの世でのいのちを終えたことにより、身体的な苦からも脱して完全な「涅槃」に至ったとすることから、お釈迦さまが亡くなられたことを「涅槃」と称しています。
紀元前5世紀ごろルンビニ(ネパールとインドの国境付近)で生まれ、やがて人生の無常を憂い出家したお釈迦さまは、35歳でさとりを得ます。以後、修行の旅に各地を巡り、煩悩が引きおこす苦しみから逃れ、安らぎを得るという教えを人々に授けました。伝道の旅は、80歳で亡くなられる寸前まで続き、2月15日にお釈迦さまはお亡くなりに成られたと言い伝えられています。自分の死が近いことを察したお釈迦さまは、弟子たちにこう説かれました。「私の亡きあとは、私ではなく自分自身をより所として、また私が伝えた教えを、闇を照らすともしびとして、歩んでゆきなさい」お釈迦さまは個人崇拝の対象となることを否定され、弟子一人ひとりが確かに、自立して進むことを求めたのでした。
そして「もろもろの存在は変わりゆく。怠らず精進しなさい。」という最期の言葉を残し、静かに息をひきとったのでした。
お釈迦さまのご命日を縁として勤めます涅槃会は全国各地で勤められます。また富山ではお釈迦さまのご遺骨を模したものとして4色で彩られた涅槃団子が配られることが多いです。

涅槃会兼井波別院巡回法座
日時 2月13日(日)午後1時30分より午後4時まで
会場 常入寺本堂 布教使 未定
参加費 無  料
(ただし、何度かお賽銭を集めさせていただきます)
また、井波別院への祠堂並びに万人講の受付をいたします。
※新型コロナウイルス感染症拡散予防策をとった上でお越しください。

彼岸会兼城端別院巡回法座
 日 時  3月27日(日)午後1時30分より4時まで
 会 場  常入寺本堂   布教使 未 定
 参加費 無  料(ただし、何度かお賽銭を集めさせていただきます。)
また、城端別院への祠堂並びに万人講の受付をいたします。
※新型コロナウイルス感染症拡散予防のためマスクをつけてお越しください。

22年城端別院巡回法座

城端別院善徳寺法宝物御巡回布教(御代様)

3月27日(日)午後1時30分より
布教使 正門武士師
※当日万人講(300円)、特別祠堂((1,000円以上)の受付をいたします。

22年井波別院巡回法座

井波別院瑞泉寺御法宝物御巡回

2月13日(日)午後1時30分より
説教 現影顕正師
※当日万人講(300円)、特別祠堂(1,000円以上)の受付もいたします。