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仏教は悩みが消える道ではなく安心して悩める道である

 皆さんにとって仏教とはなんでしょう?いきなり唐突なことを皆さんに聞きますが、みなさんはどう考えられますか?
 仏教は成仏道ともいいます。仏になる道です。そう言う意味で多くの方は誰かを仏にさせてあげる道と考えておられるでしょう。それは全くの間違えではありませんが、誰かをほとけさんにさせるのは私たちの仕事ではなく、仏様の仕事です。ですから私たちが仏になってからそういうことができるのでしょう、多分。仏になるのは「私」です。私が仏になるための道を歩んでいくのが仏教なのです。
 仏道を歩み続けるには仏様に成りたいという気持ちをもちづづけることが必要です。その気持ちを忘れたりなくしてしまうと、歩みが止まったり、全然違う道を歩んでしまいます。仏道を歩み続けられた先輩方の話を伺うとこの心を持ちづづけることが本当に難しいとおっしゃいます。
 仏になりたいということは自分は仏ではないということを知ることと、そのことがどんなに悲しいことなのか知ることなのです。この悲しみによってずっと仏道を歩み続けることができるのでしょう。ある意味悲しみこと、悩み続けることが仏道を歩むともいえるのかもしれません。
 今回今月のことばとして「仏教は悩みが消える道ではなく、安心して悩める道である」という言葉をえらびました。これはインター寝とをうろうろしていたらともだちがお寺の掲示板に貼った言葉として見つけたものです。
 悩みがなくなったり消えたりするのは仏様になってからのことです。ずっとやや身は消えませんし、悩み続けなければなりません。我が身を振り返ればその仏になるのはいつのことやらと思ってしまいます。いやになるかもしれません。しかし悩むということは仏道を編み見続けている証でもあり、人間として生きている証でもあるのです。いわば悩むこと、悲しむことが私たち人間の宝物なのです。 
安心して悩みましょ。

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