266 御文をいただく 其の三八 五帖目第三通⑥ 後生

266.jpg

御文をいただく 其の三八 五帖目第三通⑥ 後生

 最近お念仏をいただくために大切にしないといけないことは後生ということではないかと感じてます。後生というのは死んだ後の世界という意味で理解していただいても結構ですし、もう少し広く未来、明日以降と理解してくださってもよいのではないかと思っています。このままであったら死んだ後どうなるか、明日どうなるか、そのように考える中でお念仏の頂き方が変わってくると私は理解しています。
 ただ単によい未来、ただ単によい死後を願うことで念仏の頂き方が変わるかと言えばそうではありません。「今のままだったら」ということが大切だと思います。いまを見据え過去を見据えてこのままだったら地獄に墜ちるか極楽にいけるかを考えるのです。未来を訪ねながら現在と過去を問うのが後生をあきらかにするということなのです。その問いの中で念仏称えるしかない今の私が明らかになってきます。皆さんはこのままの生き方をし続ける中で極楽に簡単にいくことができるのでしょうか。しっかり考え確かめなければいけないことなのでしょう。
 しかし私たちは他人のことはしっかり判断できるのですが、自分となると甘くなったり言い訳が出たりして正確には判断をつけレらないものなのです。我が身の根性を映し出す鏡を使ってしっかり見つめなければならないことでしょう。お釈迦さまのお説教である御経が全ての我が身を映し出してくれる鏡になります。お経様を大切にいただいておられ念仏申されている方々によって背けてはならない我が身の姿があらわになってきます。
 一度御経という鏡を使って私の後生をあきらかにしてみませんか?

井波別院巡回法座勤まる
 二月十一日井波別院法宝物御巡回が常入寺にて本願寺第五代綽如上人のご影をお迎えして開かれました。当日は晴天ということがあってか例年より少しお参りにお越しくださった方が少なかったということは少し残念でした。次回の城端別院の巡回、来年の両別院の巡回にはもう少しお参りいただけるよう工夫をしていかないといけないと感じさせていただきました。
 今回は布教使として福野町の鎌田哲男さんがお越しくださいました。お土産に鎌田さんがお寺で発行されている寺報やご自身の著書「よきひとの言葉」もいただきました。鎌田さんは静かにゆっくりとお話しくださり親鸞聖人のみ教えをお伝えくださいました。南無阿弥陀仏は阿弥陀仏が言葉として私たちの前に現れてくださった仏様であると言うこともお話しくださいました。