252 御文をいただく 其の三三 五帖目第三通① 尼女房たらん身

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尼女房たらん身
 このお文はまず「在家の尼女房」と呼びかけられています。在家の尼女房というのは僧侶でない女性という意味になります。念仏を称えて生活しておられる女性達に宛てられたお手紙がこのお文なのです。何となく思うことなのですが、蓮如上人は女性をターゲットにして結構布教をされていたのかもと思うのです。
 そのことと関わることなのかどうかわかりませんが、お寺にお参りいただけるのはほとんど女性です。またお説教にいっても聞いておられるのは圧倒的にに女性が多いです。蓮如上人の影響なかということはわかりませんが、少なくても女性の方が、親鸞聖人がお伝えくださった念仏の仏教は響きやすい、頷きやすいのだろうと思うのです。
 女性が置かれてきた歴史を尋ねれば、本当に悲しむべきことですが、劣った存在として、救われがたき存在として思い込まされてきたり、そういう扱いをされてきました。ある意味だからこそ阿弥陀如来が罪深く救われがたい存在を救おうとなさって南無阿弥陀仏のお救いをお建てになられ私たちを救ってくださっているんだっていうことが頷かれていったことなのだろうと思うのです。当然救われがたき身というのは阿弥陀仏は女性だけを見て思っておられるわけでは決してありません。男性を含めた人間です。
 男性はどこまでいっても我が身の事実に気づくことなくのんきに生活しているのかもしれません。そうであるならばなかなか南無阿弥陀仏と称える歩みが始まらないことでしょう。救われがたき身であることに気づけない本当に救われがたき存在が男という存在なのかもしれません。