251 他宗教への寛容性

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他宗教への寛容性
 今年の1月にフランスのパリにて風刺画で有名な週刊誌を発行している出版社が覆面をした武装集団が襲撃され12人が殺害されたという事件が起こった。本当に目を覆いたくなる出来事でした。どんな理由があるにせよ武力によって解決をはかろうとすることは許されるべきことでは決してなく、憤りを感じます。
 ここ数年911事件をはじめとしてイスラム教過激派というような言い方でされる組織が起こす事件をよく目にします。しかし、ここで私たちイスラム教そのものが過激な教えではないということは知っておく必要があると思います。ある意味イスラム教徒イスラム教過激派は別のものであると考えなければいけないと思うのです。イスラム教は本来寛容で争いごとを嫌う教えであることだけは覚えておかないといけないことだと思います。
 パリでの襲撃事件は週刊誌の風刺画がイスラム教徒の方が見られて不快を感じたり侮辱だと感じるものが掲載されたことが発端だといわれています。暴力によって何事も解決しようとすることにも異議を唱えていくことも大切ですが、異文化、異宗教を認めそういう方々と共に生きていける世界を求めていく歩みも大切なことだとこの事件は私たちに教えてくれているかのようにわたしはかんじるのです。
 この襲撃事件は対岸の火事ではありません。ヨーロッパという特別な地域で起きた出来事ではないと私は考えます。いま日本でもヘイトスピーチといわれることが日常茶飯事のように起きているそうです。在日朝鮮人の方々に対して耳をふさぎたくなるような暴言をマイクで垂れ流すことが各地で行われているそうです。自分中心で物事を考えたり都合のいいように理解したりせず、他なる存在が大切にしている文化・宗教・信条を認めあう生活を日本にいる私たちもしていかないといけないと思います。
近年生きにくい世の中になっています。その原因や自分のはけ口を異文化・異宗教に向けては決していけません。驚異によって平和を保つのではなく、他を認めることによって平和を創っていくことが大切だと思います。