248  御文をいただく 其の三一 五帖目第四通⑩

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御文をいただく 其の三一 五帖目第四通⑩ 感謝の念仏
 蓮如上人はお文の中でたびたび感謝の念仏を申しましょうと進めてくださっています。それはお念仏というのは感謝の気持ちをもって称えることが本来なのだと教えてくださっているのだと思うのです。ということは何かを叶える道具として念仏を称えることは勿体ないことだということになると思うのです。何かご恩を頂いたことに対して感謝する気持ちの表れとしてお念仏を称える行為が私たちの先輩方にはあったということなのでしょう。
 未来のためのお念仏ではなく、私たち一人ひとりがお念仏に出会えたことに喜ばれお念仏を称えてこられたのだと思うのです。すなわち浄土に生まれることを願って念仏を称えるというよりは今すでに阿弥陀如来様が私を救うためにはたらき続けてくださっていることをご恩と感じ感謝の表れとしてお念仏を頂かれてきた方々が私たちに先立ってお念仏を称える生活を送ってこられた方々だったのではないでしょうか。そういう方々からお念仏をプレゼントしてもらった私たちはお念仏をただ称えるだけで終わりとするのではなく、念佛を称える心ということを気にしなければならないことなのでしょう。私はそう頂くわけです。