245 一切の有情はみなもって 世々生々の父母兄弟なり

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一切の有情はみなもって々生々の父母兄弟なり
 この言葉は『歎異抄』という書物の中に書きとどめられている親鸞聖人のお言葉です。『歎異抄』という書物は浄土真宗の中でいえば一番読まれているものと言っていいぐらい有名な書物です。私も何度も読んでいる書物です。当然のことながら私もこの言葉もよく目にしているのです。しかし先日この言葉が何故か私の目の中に飛び出してきたのです。今まで普通の言葉だったのですが、突然あなたはこういう生き方をしていますかという私への問いかけの言葉として浮き上がって来たのです。
 「有情」というのはいのちあるものという意味です。「世々生々」とは、生きかわり死にかわりして生を得た世ということです。ですから生きとし生けるものはみんな生まれ変わり死に変わっていくという流れでみていけばみんな父母兄弟姉妹、家族なのです、ということでしょう。
 家族というと、大概の方は血のつながりで考えていきます。育ててもらたということで親子関係もありますが。親鸞聖人は血のつながりを大事にするのではなく、いのちというもっと大きな繋がりを大事にしていく必要があるのですと仰られたかったことだと私はこの間ふと感じたのです。そしてこの繋がりを大事にしていないことを知らされたのです。私たち一人ひとりがみんな家族と思えずに生きているから戦争というものが起きるのだ。戦争が続いている原因は私の中にもあったと感じたのです。
 先の大戦の時も「鬼畜米英」といわれていたそうですね。アメリカやイギリスに住む人たちは同じ人間でないと思わされてきたことなのでしょう。人を平気で殺すことは容易ではないからこのように当時思わされてきたことだと私は思うのです。
 戦争によって亡くなって行かれた方々は二度と戦争を繰り返さないことを願い亡くなって行かれたことでしょう。親しい方を戦争で亡くされた方もこんな思いをもう誰にもさせたくないと思われたことでしょう。その願いを受け継いでいくことが何よりも大切なことだと私は思います。
 「一切の有情はみなもって世々生々の父母兄弟なり」という親鸞聖人がお示しくだされた言葉とは全くかけ離れた生活を私たちはしている事実に気づかされ続け,またそのことがとても悲しいことだと知らされ続けていくことにおいてはじめて私たちに戦争のない社会が生まれてくるのではないでしょうか。