239 努力すればず本当に報われるか

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努力すればず本当に報われるか

先日テーブルの上にマグカップが箱に入っておいてあった。何だろうと思って中身を見てみると細い字で言葉が書かれていた。次男坊が中学校の授業の課題で作ったものということが後でわかった。そこには「一球入魂/努力は/必ず/むくわれる」と書いてありました。次男坊は小学校の頃から野球がんばってるもんな、高校行っても野球するつもりでいるし、まぁある程度がんばっているんやろな、という感じました。
 頑張っているからこそこういう言葉を書いたのだろうということは理解できるわけですが、努力すれば必ず報われるという言葉に違和感を感じてしまうのです、私は。多分彼よりこの世の中を長く生きて、彼より多くのものを見てきて社会を斜めに見てしまっているからだろうとは思うのです。努力することをあきらめてしまったわたしはやっぱりこの言葉に違和感を感じます。
 この世の中で成功してきた方はみんな努力してきたことなのだろうし、 成功の秘訣をこの方々に聞けば「努力をやめなかったからだ」と答えることでしょう。そのことに私が反論する余地もありません。だけどみんな同じ努力をしたからといってみんな同じように成功するはずがありません。いわゆる「縁」というものも作用しているのではないでしょうか。学校受験・就職試験でもそう思います。みんな受かるわけではないです、定員が決まってますので誰か必ず不合格になるのです。みんな努力できたとしても。それが現実だと思うのです。
 だけど努力をすることが無駄であるとは私は考えてはいません。必ず私の思ったような報いが努力をすれば現れてくるということはないでしょうが、努力したことによって何らか変化が生じているのではないでしょうか。無自覚かも知れませんが努力したという事実において何らかの実はなっているはずです。また未来においてそのことが人生の肥やしとなっているものだと私は思います。
 努力は必ず報われる、なんて私は簡単に言えない。自分の思い通りの報いはやってくるとは限らない。
でも、努力は必ず形になるし、肥やしになる。これだけは言えると思うのです。
 努力に限ってだけいけることでは無いと思います。人生においての出来事もだと思います。人生において自分の思い通りになることだけがいい人生ではないと思います。実はいのちを授かって生きていることが凄いことなのではないでしょうか。そういう意味で人生に無駄ということは無いと思うのです。