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 中学生になる三男坊を連れて4月5日本山にお参りに行きました。といいながら本山での滞在時間は非常に短くて他にいた時間の方が長かったという事実もあったのですが…(^^ゞ 「子どもの集いイン東本願寺」にちょっと顔を出してきたわけです。ご影堂では遅れていった私たちが座るところもないぐらいたくさんの子ども達が座って正信偈のお勤めをしてました。
 2年前の春、本山では親鸞聖人750回御遠忌法要が勤まったのですが、直前に起きた東日本大震災が起こったため、大幅に計画が変更されての開催でした。その判断の是非はさておいて、正直なところ私の中では「御遠忌って何だろう」と悶々としした気持ちがいまだに続いていました。だけど今回子どものつどいにちょっと覗かしてもらって御遠忌は今始まったのだ、これから50年掛けて始まったのだと思わせてもらいました。御遠忌法要は終わりではなくて始まりなのだと実感したわけです。
 私たちは一つの行事を催すときにそのためにいろんな準備をします。そして終わったら「アッカリ」してしまい終わったつもりになるのですけど、本来は行事というスタートを迎えるためにいろんな準備をしてスタートの合図と共にそれぞれがそれぞれに走ったり歩んだり、横道それたり迷ったり進んでいくのでしょう。また行事はゴールではないという意味では単なる通過地点にすぎないなのかもしれません。目的地を再確認したり進むべき方向を調整したりするチェックポイントなのでしょう。法事を勤めることも同じことなのでしょう。
祠堂経会厳修
6月30(日)午前9時30分より
7月1日(月)午後4時まで
尼講の御膳付き30日
法   話   未定
両日とも
 午前の部 午前9時30分より
 午後の部 午後 2時より