220 ホンコハンをお迎えする

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御正忌法要
11月25日(日)午前10時より午後3時30分まで
おしっちゃはんは東本願寺でつとまる御正忌報恩講(8日間勤められる宗祖親鸞聖人のご法事)にあわせて勤める仏事です。
午前の部 午前10時より
尼講追悼会 午後2時より
午後の部 引き続き
 ☆法話は住職が行います。
 ☆尼講によって、
   お昼にお斎のもてなしがあります。

ホンコハンをお迎えする
 当寺報恩講を皆様のおかげをもちまして無事勤めさせて頂きました。心より感謝申し上げます。
さて、当寺の報恩講を勤めるに当たりなんとか何とか準備を進めていたわけでありますが、その中でふと思い出した言葉があります。
「ホンコハンをお迎えする」という言葉です。お迎えするもんだなとつくづく考えながら準備をしていたわけです。自分が準備して自分が勤めるものという意識が強かったなぁと反省していたわけです。ホンコハンは住職である自分が準備をして縁ある人に思い利に来て頂くものという意識が強すぎたなと。準備をして有縁の方々にお参りに来てもらうものだけども、私も勤めて頂くものもの、それが報恩講であるあるんだとということを思っていたわけです。住職であろうとなかろうと報恩講は主催者という立場が成り立たなく、どこまでも願主なんだと考えさせて頂きました。日本語としてはおかしく聞こえてくるかもしれませんが、主催者は報恩講、あるじはホンコハン、なんだろうなぁって。勤めて頂きその中で「聞く」ということをあきらかにされてきたことなのでしょう、諸先輩方々は。
 自分のために自分をを守るためにあるのが報恩講ではないのでしょう。私そのものを問うのが報恩講であり、南無阿弥陀仏という念仏のはたらきなのではないでしょうか。
そのことをこれから皆様といっしょにあきらかにしていきたい、考えていきたいなと、報恩講をお迎えして思わしていただいたことです。