久しぶりに参加、

先日21日まで、本山同朋会館にて、真宗本廟子ども奉仕団慈善研修会があり参加してました。
と言うことはスタッフとして関わるということです。
十数年ぶりの参加です。

今年からスタッフも公募制になってました。開店の日時、講師が公開されて、の募集です。そんなことして、俺んとこ誰も来なかったらどうすん年。なんて弱気でしたけど。

言い忘れてましたけど、攻防制なのですが、わたしは公募という枠外のの採用です。
講師という役割をさせてもらいます。

長年関わったということで、あえて、講師という役割といいたいのです。わたしもスタッフです。なんて主張したいのです。
そういうおつきあいをわたしは講師としてたということにもなるのかな。

どんな感じに子ども奉仕団はなってるのかな、と言う思いが強かったです。
だから昔のことを、こんな事した、こういうことにこだわってたっていうことを伝えるメッセンジャーとしていってやろうじゃないか、なんて思ってたんです。
昔のことしか言わない、嫌なジジィになってやろうと思ってました。

だけど、だけどです。
昔と変わってるところはたくさんあった

でもそれは進化してると評価してもいい代わり方でした。
自分が課題にしてて、何とかと思ってたことが、しっかり形になってたというか、そういう場になってた。
すごくうれしかった。
自分が出来てなかったことが出来てるし、当たり前にやってた。
うらやましかったというか、そんな感じでした。

自分が育ててもらった大事な場、だから恩返しと持って参加したのですけど、
何も間に合いそうにありませんでした。

そういう意味で
純粋似すたふとしていろんな事をいっしょに考えたり、企画させてもらいました。
講師という役割でこの研修会も参加させてもらってるのに。何処まで行ってもスタッフでした、参加者でした。
帰り、交通費をもらって、帰ってからその封筒を見て、お礼と書いてあって、中身を見て、なおさら反省しました。
でも、自分には言葉として伝えるものは何もなかった。
それが実感です。

そう言やぁ、修練の時も班担として参加させてもらいながら、修練生のように講師の話を聞き考えて、修練生から、あなたの修練ではないですよと、そんなことを言われたことを思い出します。だから善機後期一回ずつしか関わらしてもらわなかったのだろう。

自戒は出来れば自分の思っていること、感じていることを言葉にして表現できればと誓う今日この頃でした。

ただ、用語として「サブ
スタッフ」なんていう言葉があってびっくり。何分断してんだよ~ともったんですけど、
もしかするとそう思っているのはわたしだけ、わたしの経験がそういうことを心配させているんだろう。

とにかくとにかく、懐かしくて、ホットできる場でした。何にもかわってない。

一番悪のりしてたのがわたしだったかもしれません。
反省

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