親 ○ 会について

先日当寺において組の事業として、寺院運営講習会が開催された、手間は、カルトに学ぶ、講題は、親 ○ 会の現状と課題でした。

これから書くことは、イツモのごとく講師の方が言われたことではなく、その講義の中で自分が考えたこと、思ったことであります。あしからず。

自分の中で親 ○ 会というのは、カルト教団としてみてなかったと思う、今でもかもしれない。
異安心の宗団、なんていう感じて見ていたと思う。
だから、彼らは、と言うか、彼らの教祖が、もし、大谷派と関係していたら立ち上げなかっただろうなぁと言う、ノンキさで思っている、いた。
こういう評価は大谷派にとって、ほめ言葉なのか、どうなのか、そういう事も考えていかなければならないことだ。でも、そういう教団だからこそ、自分は、存在しているのだろうな。とは思う。

まぁ、ぁかれらは、反社会的な行為を目立っていしているわけでもない、また、社会を破壊しそうな教団だとも思えない。
ところでカルトって何なんだろう。
反社会的な教団というのなら、私達真宗教団もその中に入ることだろうし、入らなければいけないと思う。浄土を求める私達だから、今、浄土に生まれなければならない、今生きている社会について何らか疑問を持っているからこそ、浄土に生まれよう、と言う歩みが生まれるからである。しかし、浄土というのが、死んでから行くあの四的なものであるとするならばそういう事はいえないのかもしれない。

カルトかどうかと言うことを抜きにして、名前だけの教団ではないかと思うのは、宗教の名を借りて、お金儲けをしているそういう宗団だろう。そう言うのは許せない。

彼らも、話によるとお金を集めなければならないそうな。講師と言われる人たちは、念仏とときながら、自分の話に共感してくださった方々に対して、懇志をお願いするそうな。その金額は大変なものだそうだ。私達の教団も、ある意味集金はするけど、今は、信心の問題としてお金を集めたりはしないはず、そう信じたい。昔、信心の問題として、助成などから髪の毛を集め柱を立てるために毛綱を造ったそうだ。こういうやり方は問題なような気がするけど、今はそういう事はしてないと思う。

彼らは三願転入の論理を使い、お金を集めるらしい。

何かそのことが悲しい。


講師と言われる人たちも、三願転入を利用してお金を集めているなんて言うことに疑問を持ちもしていないだろう、間違いなく罪悪感はないだろう。だす方も、仕方ないことだと思っていることだろう。

みんな信心獲得のために、がんばっているんだろう。一生懸命なんだろう。その心を利用して、集金システムを確立している。

そのことが腹立たしい。
講師と言われる人々、や下部の信者さんにではない。
利用してお金儲けをしている人たちにだ。


彼らがもし、自分たちのことに気付き脱会したとしても、念佛を嫌いになってほしくはない。仏法を嫌いになってほしくはない。念佛の輩になり続けていてほしいものだ。


またこういう団体に多くの人たちがひっかからないためにも、私達もネットをもっと利用しなくてはならない、ネットでいろんな事アナウンスしていかなければいけない。そうしないと彼らがネットでアナウンスしている事しか。ネットでは見ることが出来ないからだ。そして彼らは自分たちのことを明らかにせず、偽名やありもしない団体を名告って、いろんな活動をしている。
私達もだからこそ、私達もネットでいろんな事をアナウンスしていかなければならないと思う。そういう事が新しい入信者を増やさない大事な手だと思う。

イツモながらまとまらない文章だし、何を書きたかったか分からない文章になってしまった。


お許しを

久々の書き込みでした。

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