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東本願寺御正当報恩講のお参りに行ってきました。
 東本願寺では、十一月二十一日より二十八日まで御正当報恩講が執り行われました。本年は親鸞聖人の七百五十回忌にちょうど当たるというので、御正当(ごしょうとう)という言葉が使われています。またお勤めの内容も平年とは違ったようです。新聞などの報道によりますと、7万人近くの方がお参りされたそうです。特に御満座が勤まった二十八日は二万にあったそうです。
 住職も七百五十回の御正当と言う言葉に誘われて、久しぶりに本山の報恩講にお参りさせて頂きました。と言っても、二十四日日帰りのお参りでした。一人ではちょっとはずがしいということもあって、四男坊にお伴してもらいました。朝早く富山を出たときには小雨が降っていたのですが京都に近付くにつれて雨も止んでいき、東本願寺では風は冷たいながら、曇り空、時にはお日様も顔を出してくれました。9時30分過ぎに本山に着いたのですが、10時からのお勤めとあってか、中央には座ることが残念ながら出来ませんでした。全国各地より、参詣席には参拝者が集まり、内陣外陣にも全国各地より僧侶が集い座っておられました。全国各地から報恩講のために集いお聖教が読誦される。何ともいえん響きがありました。このことが毎年毎年続けられているんですね。この体験いろんな人にも味わってほしい、そう思いました。出来ればいつか皆さんで本山の報恩講にお参りできたらいいと感じました。
 当寺の報恩講そして御正忌法要が終わり、また本山の報恩講にお参りしてきて、何かほっとしてます。そのせいか鼻水が垂れてくる今日この頃です。先輩方々より「法事や報恩講を勤めたあとアッカリしてはならんぞ」と何度か教えてくださったことがあります。それは気が抜けて体調を壊す、そういうこともあるのでしょうけど、これは仏事を勤めるというのは終着点ではないということなのでしょう。仏事を勤めるというのは始まりなのだ、そういう思いが込められている言葉なのでしょう、私はそう頂いています。法やご法事を勤めるためにいろんな準備が必要です。段取りしないといけません。ですから当たり前のこととして終わったらほっとするのです。だけどいつまでもほっとしていてはいけないのでしょう。次の報恩講やご法事まで、課題を見つけしっかり歩み出さなければならないのです。仏事は節目、過去を振り返り、課題を見つけ、その課題に向かって歩み出す、通過地点、チェックポイントです。
 さぁ歩み出しましょう!来年の報恩講まで、次のご法事まで、次の親鸞聖人の御遠忌まで!
親鸞聖人の次御遠忌は五十年後の八百回忌です。次のチェックポイントまでたどり着かなくてもいいんです。ちゃんと代わりに歩んでくださる存在が生まれ出てくださいますから、変わってくれる人が誕生するはずですから。心配せず歩み出しましょう。