195 御文をいただく 其の十三 五帖目第二通④  お勤めはなぜするのか ★ちょっと書き換え

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しかれば、当流のこころは、あながちに、もろもろの聖教をよみ、ものをしりたりというとも、一念の信心のいわれをしらざる人は、いたずら事なりとしるべし。
 聖教というのはお釈迦さまのお説教が記されている御経や、仏様の教えを諸先輩方が分かり易く説かれている書物を言います。蓮如上人はこのお聖教を読んで言葉の意味などを理解しても、「一念の信心」ということが頂けなかったら、もったいないことだと仰っておられます。言い換えれば、お聖教を読む意味は、「一念の信心」のいわれを知るためにあるのだと言うことなのでしょう。それ以外の目的で読んでも、あまり意味がないと言うことです。
 私たち真宗門徒は毎朝阿弥陀さまの前に座り、正信偈を読むことは日課と定められてきました。また毎月などお寺さんがきて月参りをされるとき後ろに座り、正信偈などを一緒に読誦する機会がよくあります。私たちには良くお聖教を読む機会が良くあるわけです。その意義は一念の信心のいわれを聞くことにあると言えるのではないでしょうか。
 自分の幸せのため、個人的な、自分勝手な願いを叶えるためだけにお経を読んでいるのではないと言うことは言えることです。
※02/18城端別院の巡回の日程が決定しましたので、内容を変更しました。 
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城端別院
御法宝物御巡回
3月9日(水)
 午前9時30分より
午後3時30分まで
会 場 常入寺庫裡座敷
布教使 正門 武士 師
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