190 やわらかに

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やわらかに
 私たちの国を和国ともいうように私たちは「和」という言葉に親しみを持ってきたり、大事なこととしてきたことなのだろう。多分、和を大事にするようになったのは聖徳太子がきっかけなのだろう。聖徳太子というお方は公に仏教を初めて日本に持ち込まれ、そして仏教によって日本の政治を司ろうとなさったお方です。親鸞聖人は聖徳太子様のことを「和国の教主聖徳皇 広大恩徳謝しがたし 一心に帰命したてまつり 奉讃不退ならしめよ」と御和讃の中で歌われています。聖徳太子様のことをお釈迦様のような方であるとほめ称えられているのです。
 聖徳太子様は日本の政治をするに当たって、「十七条憲法」を制定なされました。そしてその第一条に私たちがよく知っている言葉、「和をもって貴し」が書かれているのです。しかし、一般的には「和」という漢字を「わ」と呼んでいますが、伝統的には「やわらか」というように読まれてきたようです。個人的にはヤワラカをいつの頃からワと読むようになったのかということは非常に興味深いことです。読み替えられるようになったわけを知りたいものです。ヤワラカと読むということは和ということはただ単にみんな仲良くする。とにかく角を立てずになかよくするという意味ではないということを教えてくれているように思えます。そういう本当の意味を隠すためにいつしか誰かがヤワラカと読まずにワと読むようにしていったのではないでしょうか。
 心やわらかになってみんな仲良くしていくことこれが十七条憲法における和の精神なのでしょう。心やわらかということは自分の意見を絶対化して他の意見、他の立場を受け付けない、ということでは全くなく、自分とは他の立場・意見を大事にして真実に向っていく姿勢が和の精神なのでしょう。十七条憲法第一条の全文は
和らかなるをもって貴しとし、忤うること無きを宗とせよ。人皆党有り。また達る者少なし。是をもって、あるいは君父に順わず。また隣里に違う。しかれども、上和らぎ下睦びて、事を論うに諧うときは、事理自ずからに通う。何事か成らざらん
です。上に立つものこそ、和の精神を大事にしなければいけないということなのでしょう。
 今テレビのニュースなどでは、尖閣諸島の問題が取り上げられていますし、日中関係の大きな問題になっています。このことも、お互いが自分の主張ばかりするのではなく、相手の立場、相手の意図を訪ねながらとことん話あっていくことが大事なことなのではないかと思う訳なのです。

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