ハンセン病シンポジウムに行ってきました。 「負の遺産」という言葉を考えた

ハンセン病訴訟勝訴九周年シンポジウム【今こそ考えよう ハンセン病】~隔離の負の遺産を保存・継承する~

に行ってきました。
講師の方は、宮坂道夫(新潟大学医学部准教授)さんと、藤田三四郎(栗生楽泉園入所者自治会長)さんの話しでした。
いつものようにどんな話しだったかと言うことは説明できません。
今回は1人からには行って、「負」という言葉について1人で考えてました。
以前修練スタッフをしていたとき、講師の方が一緒に飲んでいるとき、ぽつりと「負の歴史って言う言い方は違うと思うんだよな」なん言われていたことをふとおもいだしました。
そのときは今ひとつよくわからなかったことでしたが、そのことをお話を聞きながら考えていました。
ハンセン病問題で言えば、ハンセン病の元患者さんたちが、それは負の歴史だという言い方はありだとは思ったのですが、
私が置かれている立場からすると、それは負の歴史、遺産なのだろうか。と思うわけです。
いわゆる負の歴史、遺産というのは、私個人からすれば、負ではなく、大切な遺産、歴史なのではないでしょうか。私にとって賭が家のない事実を教えてくれた歴史、そして遺産なのではないでしょうか。悲しむべき歴史であったり悲しむべき歴史を知る水産かも知れないけれど、私にとっては、そういう事実を知らさせてくれた、どれも大切なものなのではないでしょうか。
私個人としては、負では全くないと思ったのです。人生の肥やし、生きるための大切な道しるべなのではないのでしょうか。決して「私」にとって負ではない。
そう思ったわけでした。
言葉遊び的なものかも知れないけれど、私にとって負の歴史、遺産なんか、何一つ内のだ。なんて思ったわけでした。

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