差別に対する寝た子を起こすな論を考える

今年もある教区の部落差別問題研修会に講師として呼んで頂いた。代役ということもあって、これは良いわけだけど、なかなか上手くしゃべれたというわけにはいかなかった。いつものことです。
今回は、差別に対する無関心無自覚が差別を助長するのだ、ということを話したかった。
昔、長男坊が一歳になるかならないかの時友人にバーベキューをするから来ないかといわれ、瀬戸内海にあるハンセン病の療養所に家族で訪れたことがあった。
そのとき、まだまだしっかり歩くことの出来ない長男坊を連れて行って、療養所で一緒にバーべーキューをした療養所の方々には好評だった。
チョッと、良いことをした気になって帰ったことがあった。だけど後からこうだったんだよって言う話しを聞いた。
バーべーキューに参加しなかったある療養所にお住みの方が、その事実を知って、
まだまだ入寺である子をここに連れてきてどうするんだ、と、怒っておられた、ということを聞いた。もしハンセン病にかかったらどうするんだ、ということだったらしい。
私はその問いにここにいる方々は元患者さんだし、もし映ったとしても、今は治る病気だから直せばいいのに。なんて思った。正直ばかげたことを怒っておられると思った。
だけど去年のインフルエンザ騒ぎで、このことを思い出して、思ったことがある。
それは、恐れておられたのは、病気がうつることを恐れられていたのではなく、ハンセン病になったときの差別に対する恐れだったのではないかと思ったのだ。
私が幼子を連れて行ったことを怒られた方は、多分、ここにおられる片刃もと患者でみんなハンセン病の患者ではないことは十分承知で、また、今はもう必ず治る病気であることは、十二分にご存じであったはずだ。
それなのに発せられた言葉なのだと。
間違いなく、ハンセン病療養所にお住みの方は、差別されてきた経験がシッカリ体に染みついておられるのだ。いまだに、その経験からくる恐れ、から発した言葉だったのではないかと、昨年のインフルエンザ騒ぎで思ったことだ。
ハンセン病に対することがなかなか見えにくくなった世界を生きてきた自分は、ヤッパリハンセン病のことに対して、無理解だトシかいえない。無関心でずっと過ごしてきたことは否定できない。
私の中ではもうとっくに終わってしまってる差別がハンセン病問題だったんだろう。
私の問題としてハンセン病のことが思えない自分が、ハンセン病に対する差別に恐れ続けられた人に、出会い続けても、差別は決して亡くなっていかない、というか、差別に恐れられている人には何の効果もない。
差別に恐れられている人を安心させる方法は、
私は差別をしたくない、差別を許さない。そういう態度を感じていってもらうしかないのではないだろうか。
もう終わったこと、なんていうことをどれだけ連呼しても差別を恐れられている人には何の癒しにもならない。
そういうことをやっと、去年思わしてもらった。
そんなことを話ししたかったんだけど、上手くまとめられなかったのは事実だろう。
もう終わったこと、あなたが黙っていれば差別はなくなっていくという論理は、納得できない。
間違いなく今、差別され、差別されることを恐れ続けておられている人に対しては、寝た子を起こすなというのは、ばかばかしいことだと思うのだ。本当に失礼なことだと私は思う。自分勝手な論理だtろしかいいようがない。
こういうことを上手く表現できないかな。
なんて、自分の能力不足を後悔するばかりである。

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