長男の入学式

昨日は長男の中学校入学式がありまして、入ってきました。

お参りの時間指定が一見あるのをすっかり忘れてて、ご迷惑をおかけしたって言うこともあって、帰ってからどきどきものでした。
中学になるとさすがに両親そろって入学式に出席するところは少なくなりますね。全くないって言うわけではないんですけど、。
校長先生の式事、生徒会長の歓迎の言葉を聞いて『マナー』『ルール』という言葉がすごく耳に触った。どうして底まで連呼しないといけないのかと思うぐらいでした、私は。
そこにこの学校の抱えている問題があるのだろうと勘ぐってしまいます。
この中学校は私も通った中学校なんですけど、建物がここ最近しっかり建て直されて、主賭が全くありませんでした。何処に行っていいのやら見当がつかん、って感じでした。
私が通ったときの校舎というのは、廊下のない校舎でした。ベランダとピロティーでつながれている校舎。多分想像がつかないでしょうね。集会も、体育館でするものと、ベランダでするベランダ集会というのがありました。中庭を囲んで公社ができていて、みんなベランダに出て、体育大会などの壮行会が開かれてました。
それは昔の話し、
校訓は相も変わらず、
聡明・勇気・友情
でした。
そういうことだと、入学式に行って何となく思い出したんですけど。
校長先生がその意味を説明してくださっていたんですけど、
自分は、
この言葉の順番っていうのが大事なんだろうな、なんて勝手にいつものように思ったわけです。
聡明、…物事が明らかになる
そして、
明らかになるからこそ、しなくてはいけないことが見えてくる。
そのために勇気が必要だし。
いっそう明らかになることによって勇気が湧いてくる。
その行動に同調してくれる友人が現れたり、導師として友情が湧いてくる。
また、今までの友人とは、同調してくれる人もあるし、僧でもない人も怒ってくる。
そこで友情と言うことが課題となってくる。
友情と言うことが問いとなって現れてくるんはないかな。
違いを認めるもの同士の友情という課題が、聡明より与えられるのではないかな。
なんて、結構この校訓を肯定的にとらえてしまったわけです。
校長先生は別のものとして、というかこの三つがなぜ掲げられているのかという課題については触れてはくれませんでしたけどね。個別の説明で終わってしまわれてましたけど。
チョッと考えさせられた一時でした。

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