意外と…

昨日午後から連区の差別問題研修会に向けて、連区の代表者会議が開かれました。「自殺」とテーマにしていくと言うことを伝えたのですけど、案外と抵抗がなかった。自分のかなで結構、差別問題研修会で「自殺」をテーマにするのはいかがなものか、なんていう抵抗はあったのだけど、そういう抵抗感があったのは私だけ?チョッと拍子抜け、

自分の中では自殺について学ぶことは全く抵抗はないのですが、差別問題研修会で学ぶのはいかがなものなのか、という思いがあった。その中で、自殺と言うことを学ぶことによって、私たちがなぜ部落問題を学ぶのかという視点が明らかになる、なんて納得していた。自殺を防止するための学習会にとどまるのではイヤ、自殺という現象を見つめ直す学習会になればと思っています。
誰かの言葉だったような気がしますけど、自殺をさせてもらえない社会はいかがなものか、共私は思うのです。
有縁の方が自ら命を絶たれていくのは悲しいことで阻止したいことは間違いないことですけど、自殺防止対策がいつの間にか自殺する人を許さない、悪にしていくことが怖い。自殺願望者撲滅運動になっていくことが怖い。何でもかんでも防止防止となっていくこと自体が窮屈な社会であり、そのことが心の病になってしまい、結果自殺者が増えていくと思うわけ何です、私は。
その会議が終わり、数人でご飯を食べに行って、何を間違えたか、教区の合掌の練習に参加してしまいました。五線譜に書かれている(゚゚)~お玉杓子を見ると嫌悪感を感じてしまう私にとってはつらい時間でした。歌うこと、歌の練習をすることには何の抵抗はないのですけど、五線譜見ることがすごく圧迫眼があるわけです。つらくなってしまいます。義務教育での音楽教育のおかげだと思っています。
お玉杓子に気がとらわれて、休符が全く目に入らず、フライングばかりしてました。入るタイミングがわからないし、声を出さないということがわからない私でした。

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