平仮名の楷書

ふとおもったこと

お正月子ども達の書き初めを見ていて思ったことなんですけど、
前置きなんですけど、私はめっちゃ字が奇麗です。まわりの人から之にほんんの文字?ッて聞かれるぐらいすごい字を書きます。近年書き物はパソコン系でということになってペン、ましてや筆を持たなくなり、文字の芸術化はどんどん進んでいる私です。
そういう私だけど持ったこと、それは、
初心者が平仮名を楷書体で書くということは無理
そう私は結論づけたわけです。
かなというのは感じを略字化したというか、デザイン化して出来上がったもの、基本的にカタカナは楷書体をくずしていったもの、そして平仮名は行書(?)、もしくは草書体(?)をくずしていったもの。
そういうことがあって、平仮名はまるっぽい。カタカナはカクカクしている。
ウチのバカ息子達はめっちゃ不器用。
そういう息子達は最初から鉛筆矢津で出丸を書けといってもまともにかけない。だから平仮名はかっこわるくなる。いわゆる汚い字になってしまうのだと思う。
真っ直ぐの線がかけないものがどうしてまあ類○をかけようか。
帝国日本が終わり文字もカタカナでなくひらがなを使うことが決まったようだ。
だから最初に平仮名を習うと言うことは仕方がないこと、と思うんだけど。
今までカタカナを公文書としてきたという歴史があった。そうなったわけもあるはずだ。
それはヤッパリ楷書体からかたかなになっていたからでないのかな?
平仮名は行もしくは草書という崩し字からなっているから公文書でなかったんじゃないかな。
楷書体は基本だけど書くのは難しい。難しいと言っても奇麗に書くのは難しいわけ。
でも基本を知らないと字はくずしていけない。奇麗な崩し字になってゆかない。
基本ができていないのに応用は無理というのと々事だと思う。
それなのに現代日本では、小学校で一番最初に平仮名を習う。
応用から習うのと々事。だからなかなか器用でなければ奇麗な字、まとまった字になっていかないんじゃないかな。
何が言いたいかというと、うちの子立ちが字が汚いのは子ども達が不器用だから、そしてそれ以上に最初仁平香奈を習うからだ!と大きな声で主張したいのです。
崩し字を変形してできた平仮名を楷書体で書くという理論的にはおかしな事を最初に教えてしまっている教育制度。それはやっぱ無茶があると思う。奇麗な字を書くための教育制度には間違いなくなってないと私は思うわけです。
書家でもなく、字がいまだに奇麗にかけない私ですけど、最近そういうような気がしてなりません。

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