180 祈りから誓いへ

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祈りから誓いへ
 新年を迎え初詣に出かける人は多いと思う。日本の常識としてあるものなのだろう。そして神仏の前でいろいろな祈りをしてゆく、商売繁盛、家内安全、自分の健康…。神仏にいろいろなお願い事をする。祈りがかなえられる、かなえられないということを抜きにして私たちは思わずお願い事をする。我々の性分なんだろう。だからやめろといってもそんな簡単にやめられるものではないだろう。
 でも、自分の幸を他人任せにすることはどうのようなものだろう。祈りかなわなかったら神仏のせいなのだろうか。初詣のときだけ、そして都合のよいときだけ祈りに来て願い叶えとは虫のよすぎることなのではなかろうか。私はそう思う。
 私は最近神仏にお願い事をするとき、もう一つしなければいけないことがあるような気がする。それは「誓う」事だ。願いそして誓うことが大事な気がしてならない。願うこと誓うことは言い換えれば夢ということだろう。こうしたいという目標、夢。ただ、目標を立て、夢を見ているだけでは目標に近づいてはいけない、夢は叶わない。叶うためにそこに近づいていくにはどうしたらいいのか考え、そして実行すること。それが大事。そうでなかったら描いた餅でしかない。
 神仏の前で祈り、そしてその祈りのために自分はどうするのかということを誓うことそして、生活上でその誓いを実践していくことこそ大事なのではなかろうか。
 
 最近私は世の中の「安穏」なることを願う。願わずにはおれない。ニュースに写されてくる日本の現状、そして地球の有様。目をふさぎたくなる。しかし目をふさいだまま、社会の現状に目を背けたまま神仏に世の中の安穏、平和を願ってもしかたのないこと。自分の願いと現状をしっかり観察して、そのために自分はどうしなければいけないか、何ができるのか考えないといけない。安穏と叫ぶだけでなく、この世の中の安穏をイメージしなければいけない。この世の中にとって平和とはどういう事なのか、本当の平和とはどういう事なのか。自分が出来る平和への歩みは何だろう。歩み、ぶつかり、またイメージして歩んでゆく。この繰り返しが大切なような気がしてならない。私たちに、否、私に今までかけていたことなのではなかろうか。
A happy New Year
Let’s hope it’s a good one
Without any fear
War is over, if you want it
War is over now 
ハッピー・ニュー・イヤー
いい年であればいいね
何も心配がなければいいね
戦争は終わる、
もしそう望むのなら

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