まもなく四男坊、三歳

今週末うちの四男坊が三歳になる。

ふと考えることがある、四男坊の時だけではなく、すべて息子が三歳になるとき思っていたことなんだけど、
俺の父親が亡くなったのは今から40年ぐらい前、自分が三歳になる前、数えの四歳になったその日に亡くなったそうな。
自分のの父親は自分が三歳になった時を迎えずこの世の生を終えていった、っていうことになる。
かわいくてしかたない、我が息子達、
特に三歳の時っていうのはどの子もかわいい。
そういう状態で俺の父親はなくなっていったんだろうな。
なんていう風に、
親心を同じ立場になって察するわけなんですよ。
おまえ達は幸せだ!
いやオレは幸せなんだろうな、ッて。
それと同時に父親の無念さを想像する
自分は父親にとってはだいぶ遅い子、そして望みに望んだ男だった。
当寺の概念からすると男が生まれて一人前、立派な跡継ぎが生まれた、そういうことになるのだろう。
そういうところで止んで往き、この世の生を終えていく、
無念だったろうな、ッて想像する。
どんな思いで我が子、オレを見てたんだろう
父親がいないことが当たり前で育ったオレ、
反対に父親がいて当たり前で育っている我が息子達
なんかいろんなことを思う訳なんですよ。
……

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