今日は何の日

今日お参りをしていたら御仏飯として赤飯がお供えしてあるお宅が何軒かあった。

今日は息子達が相撲大会といってた、
そうなんです、今日は地域にあるお宮さんの秋祭りなんです。
よく言うことですけど、在所(地域)の祭ではないと思っている。
そういう意味で近くのお宮さんがお祭りだからということで赤飯がお内仏にお供えしてあるのはあんまり良い思いをしない。
その中、今日、小さい頃からお世話になったおばちゃんが、お参りに行ったとき、赤飯炊いたと聞かれ何と応えたら、帰り赤飯を持たしてくれた。冷凍保存しようと思ってたヤツだそうな。
複雑な思いはあるけど、くださるという気持ちはとってもうれしい。
自分が住んでいるところがお寺だから、
自分は親鸞聖人の教えを大事にしている、
ということもあって、祭の日っていうのがあまり気にならない、気になってないフリをしている。
ただ、親戚の方が来られるのであれば迷惑かと思い、一生懸命午前中でお参りを済ませようと心がける。
でも、私岳ではなく、みんなお祭りって改めてするお宅が少なくなっているような気がする。
春祭りは獅子舞があるからまだされるお宅はあるけど、秋祭りの時めっちゃ祭だといって人を呼ばれるウチは少なくなってる。
その理由として私は
毎日ご馳走が食べれるようになったから
と思ってた
私が小さいときにはご馳走というのはお祭りの時、お正月お盆の時、ぐらいしか出てこなかった。
それが、今毎日のように食べようと思えば食べられるし、昔のご馳走を今毎日のように食べている。
そういうところでお祭りをする必要性が無くなってきたのだと思ってた。
でももう一つあるような気がする。
最近そう思う。
基本的にお祭りは豊作祈願祭であったり、疫病がこないことを祈願するものだと思う。
そういうところでいえば今農業を生業として生きておられる方が少なくなってきてる、というのも祭をされる方がいなくなったひとつの理由のように感じる。
豊作を神なる存在に祈ることをしなくなった、ということもあるのではないか。
自然に対する畏敬の念が薄れているから、農村部で。
そうだとすると、これでいいのだろうか、なんて思う私です。
ちなみに今日相撲大会で次男坊は五人抜きをしてきました。
初めて賞をもらってきました。
賞状、縦、などもらってくるのは委員だけど、
五幣ももらってきてる。
これどう扱おうかって悩みが出てる。
頑張った証なんだけどね、だけど…

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