天親菩薩造論説

天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
広由本願力回向 為度群生彰一心

<試訳>

天親菩薩は浄土論をおつくりになられ、帰命盡十方無碍光如来と宣言され

釈尊の教えによって真実、すなわち迷いから速やかに飛び越える阿弥陀の誓願を明らかにされました。

そして、如来の願いによって我々を悟りの世界に渡らしめんがために一心という言葉を示してくださっています。

我論を作り、偈を説きて、願わくは弥陀仏を見たてまつり、普くもろもろの衆生と共に、安楽国に往生せん。(『浄土論』聖典138)

世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず。(『浄土論』聖典135)

我修多羅、真実功徳の相に依って願偈を説いて総持して、仏教と相応す。

(『浄土論』聖典135)

仏の本願力を観ずるに、遇うて空しく過ぐる者なし、能く速やかに功徳の大宝海を満足せしむ。(『浄土論』聖典137)

出第五門というは、大慈悲をもって一切苦悩の衆生を観察して、応化身を示して、生死の園・煩悩の林の中に回入して、神通に遊戯し教化地に至る。本願力の回向をもってのゆえに。これを出第五門と名づく。(『浄土論』聖典144)

世尊、我一心に(『浄土論』聖典135)普くもろもろの衆生と共に、安楽国に往生せん。(『浄土論』聖典138)


親鸞の名告

流罪以後の名告り

範宴→綽空→善信→親鸞

天親菩薩

西暦四〇〇年ごろに生まれられて、四八〇年ごろに亡くなられたと推定されている

インド名をヴァスバンドゥといい、訳して天親といいますが、一般には世親という訳名がよく用いられている

現在のパキスタン、ペシャワールの人で、無著菩薩の弟。

上座部仏教について五百部、大乗仏教について五百部の論(注釈書)を造ったといわれ、「千部の論主」と称されていま

世親の兄の無著菩薩は、すでに上座部仏教に帰して諸国で説法をしていました。彼は、弟の天親が上座部仏教にとらわれて大乗仏教を悪くいうのを少なからず心配していました。たまたま、天親が近くを通ることを知った無著は、一計を案じ、弟子に「兄の無著菩薩が危篤だ」と伝えさせます。驚いて駆けつけた天親に向かって無著は言います。「わしは心の病気じゃ。その原因はお前なのだ。お前は上座部仏教にこだわりすぎ、大乗の何であるかをまったく知ろうとしない。そのためにお前が将来大きな苦を受けるだろうと思うと、心が安まらんのじゃ」
無著は天親に大乗の教えを説いて聞かせました。天親は大乗を誹謗した自らの誤りに少し気づきはじめます。その日は兄・無著のところに泊まることになりました。深夜、人の声がします。目をさまして静かに聞いていた世親は翻然として大乗の教えのすばらしさに気づいたのです。世親が聞いたのは無著の弟子が大乗経典を読誦する声だったのです。
世親は直ちに大乗に帰するとともに、今まで大乗を誹謗したことを大いに懺悔し、大乗を誹謗した自らの舌を断ち切ろうとしました。その時、兄の無著は「舌を断ち切っても真の懺悔にはならない。本当にすまないと思うのであれば、大乗を誹謗したその舌で大乗の教えを生命をかけて説いていくべきではないか…」と諭したといわれている。

本願力廻向と我一心

廻向…廻めぐらす 向さしむける 自分が行った善行を巡らしひるがえして衆生や自分の悟りのために差し向けること。死者のためにする追善。

衆生廻向から本願力廻向

一心→ただ念仏→念仏を称えなければならない身の発見

「本願力廻向」樋ことの願い 、真理を悟るとは自己を覚るということ

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