きのうのこと

何となく気ぜわしく過ごしています。

昨日の午後教務所に行ってきました。
組同朋の会教導協議会というのがあって、
組長さんから以前同朋の会の教導になってくれっていわれ、何気なく了承していた。
なったからといって何か仕事をした覚えが全くなし。
同朋の会教導が教導としてどう仕事をしていけばいいのか、なんていうことを確認する場だったのかな。
同朋の会を推進、開設をしていくっていうのは無理!
いろんなことが話し合われ、
今後どうしていきましょうかということになり、
教導の同朋会でも作ってみますか、ッてつい行ってしまった私、
その発言のあと沈黙が続く。
毎月これないよねって自分で言ってしまったおれ。
そう思ったし、そういう空気だった。
帰り、ふと
私たちが自分たちで同朋の会を作ろうって言う歩みにならないのだから、同朋の会推進ていうのはあり得ないことだと思った
自分の中に同朋の会の大切さが実感されてない
でも、会って作る必要あるのかな、
集まるっていうことは大事なことだと思うんだけど、
会員を募集するっていうのはいいことなんだろうか、
メリットはあるのだろうけど、デメリットもあるんではないかと思う。
集団を作ると、自然と排除が始まる。
これをどう克服するのかっていうことが会を作るとき問題としていかないといけないと思う。
ホント自分もそうだけど、
御遠忌がちかずいているのに、
熱を感じることが出来ない、
もう、消化次回の雰囲気が私の中にある
せめて自分の中だけでも、宗祖に出遇うっていうことをしてゆきたい。

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