戦争とハンセン病

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ハンセン病訴訟勝訴8周年記念シンポジウム
今こそ考えようハンセン病
戦争とハンセン病

わたくしたちは、戦時下、沖縄で軍により銃剣を突きつけられて隔離された方々あるいは全国各地の療養所で総動員体制への参加を強制された方々の苦悩の歴史に心を痛めます。そして、その苦痛のなかから「人権を守ることは平和を守ることだ」との思いを強くします。
 今回、吉川さんや山下さんとのディスカッションをとおして、ハンセン病の方々の戦争体験を、なぜ、今、社会に伝える必要があるのか、みんなで考えましよう!

日時 2009年6月12日(金)午後6時開場 6時30分開演
会場 富山市民プラザ(4階アンサンブルホール 富山市大手町6-14電話076-493-1313)
パネリスト      吉川由紀さん(ハンセン病ネットワーク沖縄)
            山下道輔さん(多摩全生園 ハンセン病回復者)
コーディネーター  藤野 豊(ハンセン病ふるさとネットワーク富山代表)
日程  6:30 開会
      6;40 パネルディスカッション
           8:50 閉会

参加費 500円(資料代として)

主催:ハンセン病ふるさとネットワーク富山
    事務局 浄土真宗本願寺派富山別院(西別院)

趣 意 書
 2001年5月11日、熊本地裁は、ハンセン病患者・回復者に対する絶対隔離を規定した「らい予防法」は憲法違反であるとして、国に賠償を命じる判、決を下しました。これをもってハンセン病患者・回復者の人権が回復されたかに思えました。しかし、判決から2年半が経過した2003年11月、熊本県のホテルが、菊池恵楓園に入所するハンセン病回復者の宿泊を拒否する事件が起こりさらに、それに抗議した同園入所者自治会に対して差別的な手紙や電話が殺到し、私たちはあらためてハンセン病問題が未解決であることを痛感しました。
 今、全国の国立・私立のハンセン病療養所には約2700名の方が入所していますが、その多くがふるさとに帰ることができず、家族や親族とも会えない状態におかれています。各療養所の納骨堂にはふるさとの墓に帰れないたくさんの遺骨が眠っています。富山県出身者の多くもふるさとに帰ることができません。今なおこうした状態が続くのは、国の誤った絶対隔離政策のもとで自治体が患者の摘発を進め、地域住民もこれに協力したからであり、したがって、ハンセン病回復者への差別を一掃し、ふるさとに自由に帰られる社会をつくることは、国・自治体の責務でもあり、私たちひとりひとりの課題でもあります。
 今、全国のハンセン病療養所では入所者の高齢化とそれによる減少が進み、療養所の存続が危機にさらされていますが、昨年「ハンセン病問題基本法」が制定され、各療養所を地域に開かれた医療・福祉機関に発展させることが可能となりました。また、日本の旧植民地紋治下に韓国や台湾で隔離された方々への補償も実現しました。 しかし、その一方で旧「南洋群島」や旧「満州」、そ
の他日本のかつての占領地で隔離された方々への補償や、戦時下に日本車による隔離の果てに殺害された方々への謝罪と追悼はなされておりません。
 今回、私たちはこの事実を重く受け止め、来たる6月12日、熊本地裁判決の勝訴8周年を記念し、「戦争とハンセン病」をテーマにしたシンポジウムを開催いたします。パネリストにお招きした吉川由紀さんは、戦時下の沖縄で、日本軍がハンセン病患者を隔離した事実を膨大な軍資料と聞き取りから明らかにされてきました。また、山下道輔さんは1941年、子どもの時に東京の全生病院(現多磨全生園)に隔離され、戦時下のハンセン病療養所の過酷な生活を体験され、現在まで、隔離の実態を示す資料の保存に努力されてきました。おふたりに共通するのは戦争と差別を許してはならないという強い信念です。おふたりのお話をとおして、「人権を守ることとは平和を守ることだ」という
ことを心に深く刻み、戦争体験を今、社会に伝える意味を共に考えてまいりましょう。
 どうぞ、多くの方が、このシンポジウムに参加され、ハンセン病問題の根本的解決を目指し、県出身回復者の方々とふるさと富山を結ぶ絆を強くしていかれるよう、心よりお願い申し上げます。

2009年5月1日            ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山

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