160 御文をいただく 其の三

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一心一向

 私たちの宗派のことを「一向宗」といっていた時期があります。それは私たちが阿弥陀仏に一心一向に頼んでいたすがたから表現された名称なのでしょう。良
く考えれば当たり前のことなのかも知れませんが、他の神仏に頼むことなく、ただひたすらに阿弥陀仏に救済を頼むのが私たちの特徴であるといえるのでしょ
う。
 一向に頼むすがたが宗派の名前になるということは日本においてただ一仏に頼む教えが少なかったということでもあります。だから特徴となり、名前にまでなったことなのでしょう。
 私の信仰を見つめるとき、ただ念仏する、一心に頼むということが掛けていると反省します。いろんなことが気になり、まだ他の道が自分にはあるのではない
か、自分にもっとふさわしい道があるのではないだろうか、ふと思ってしまいます。ドモまでも阿弥陀仏を信じ切れず、疑いの心を払拭でき図にいる私が明ら
かにさせられます。一心に阿弥陀を頼む相に頭の我がル思いがします。
 日本において信仰というものは「自由」であったとはいいがたいものがあります。一般民衆において神仏を自らが選び信仰するということはほとんど無かった
時代であったと私は理解しています。地区の体制者にとって都合の良い神を信仰させられていたのが親鸞聖人が生きておられた時代ではなかったかと思います。
仏教でさえも、国家を守るものとして公に日本に持ち込まれ、民衆に信仰させていたのでした。当時民衆は押しつけられた神仏に選び取られるように一生懸命好
かれるようにということに気を遣い神仏にびくついていた時代だったのです。
 誤解を恐れずにあえていうならば、神仏に選ばれる時代に親鸞聖人は自分に必要な佛を自分が選び取っていかれた方だったのです。付け加えなければいけない
のは自分に都合の良い佛を選ばれたのではなく、生きとし生けるものが必要としなければいけない佛を選び取って行かれたのです。
 押しつけられた神仏ではなく、自分が選んだ阿弥陀仏だからこそ、私たちの先輩方はふたごころ泣く一心に阿弥陀仏を頼むことが出来たことなのではないでしょうか。

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