157 祠堂経の歴史

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 祠堂とは先祖の位牌などをまつるお堂を指す言葉でした。そしてそのお堂に対してお経を読むことが「祠堂経」です。ですから先祖を供養するためにお経を読むことが祠堂経とということになるのでしょう。
 しかし、浄土真宗では位牌というものを用いませんし、当然祠堂というものも真宗寺院にはありません。
 また、私たちこの世を生きるものたちが私より先にこの世の生を終えお浄土というきよらかな世界にお生まれになられた方々を供養できる存在なのかという問いが親鸞聖人より問いかけられています。先祖を供養しないといけないという思いは日本に住み、日本の文化の中で生きてきた私たちには当然わき起こってくる思いです。そういう思いを完全に否定する必要は全くないことですが、先祖を供養したいという私の思いに先立って先祖の方々もこの世を生きる私たちを何とかしたいと思われています。先祖は私たちが供養しないと救われない存在ではありません。先祖は浄土という阿弥陀如来がお作りになられた世界に今既に存在されるのです。この世を生きる私たちと違って今既に救われている存在なのです。いますでに救われている方々が私たちを見て何とかしないとと深く願われているのです。そういう先祖の思いを大切にされてきたのが私たちの念仏を宝とされてきた先輩方々なのです。
 そういう浄土真宗の歴史の中で何故祠堂経が相続されてきたのでしょうか。私は祠堂経が絶え間なく営まれてきたという歴史が間違えであったとは思っていません。
 先祖を供養すること、その行為の根底にある先祖を大切に思う気持ちを一つの表現方法として祠堂経であると思っています。先祖が大事にしてきたお念仏を相続していく、先祖が自らの宝物としてこられたお念仏の教えを自らが受け継ぎ、未来永劫にまで伝わり続ける、そういう仕事を自分も担っていくと言うことを確認する行事が祠堂経であると私は頂いています。お釈迦さまのお経を相続し、経をひろめるということを目的として建てられたお寺を大事にしていこうということを確認する場が祠堂経という行事の持つ意味だと私は思っています。
 私たち一人ひとりが仏法を自分が受け継ぎ未来に残していくという仕事を、リレーの選手のようにバトンを次の人に受け渡しという仕事を担う一員に皆さんでいたしませんか?

御文をいただく 其の一
五帳目第一通

 御文と聞いてピント来ない方は御文章といえばわかる方がおられるのではないでしょうか。どれも同じものをさし、お東(真宗大谷派)とお西(浄土真宗本願寺派)での呼び方の違いです。何故呼び方が変ったのかということは今答えるのを差し控えておきます。
 御文という言葉も御文章という言葉も知らないという方でも、「末代無知の…」「あなかしこあなかしこ」という言葉が聞き覚えがある方がおられるのではないでしょうか。御文は東西両本願寺に関係するものにとって親鸞聖人がお作りになられた正信偈に次いで浸し身のあるものではないでしょうか。ちなみに御文は本願寺八代の蓮如上人が念仏の教えを分かり易く伝えるために書かれたお手紙を後の世の人が集めたものです。

末代無知
 もしかすると「末代無知」と言う文字を見て腹を立てる人がおられるかも知れまえんね。おまえは末代無知だ!なんて言われている気がして…
 末代というのは永遠に、ずっとという意味ではありません。末法の時代という意味です。仏教の歴史観には正法・像法・末法というものがあります。お釈迦さまが涅槃に入られても、―お亡くなりになられたと言えば簡単なのですが、お釈迦さまは佛という存在なので永遠のいのちを頂いていると考えるので亡くなったという表現はいたしません。現にお釈迦さまの言葉が私の所に届いて私のところで働かれていますから。―お釈迦さまと同じさとりを拓く人がいる時代を正法といいます。像法とは、正法の次の時代でさとりを拓く人はいないけどお釈迦様と同じ修行をなさる人がいる時代です。そして末法とはさとりも修行もする人がいなくなったけど、お釈迦様の教えが教えとして残っている時代を言い、今私たちが生きている現代を指します。次に無智とはさとりのないものという意味です。無智と無知は違います。
 「末代無知の」とは、お釈迦様がお姿をお隠しになられ二千五百年以上も経っててしまっている今、お釈迦様の教えを直接聞くことの出来ない、指導を直接受けれなくなってしまっている時代をまことを、本当のことを何も知らずに生きている私たちはとまず私たちに呼びかけられているのです。

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