06 法蔵菩薩因位時

依経分  大経をよりどころとして名号の徳をたたえる
<語意>
    法蔵…ダルマーカラ・迷いの経験も心理に目覚める経験も、心理に目覚める可能性も、すべてを内蔵している存在という意
    菩薩…ボーディーサットバ・菩提(道)薩埵(衆生)仏の道を歩むもの 
            僧侶ではなく、在家の人で釈尊滅語釈村の骨を埋めた仏塔を礼拝していた人たちの名告り。このような人々によって大乗経典が編纂、相続されてきた。{大乗仏教}
    因位…佛にならない位・仏の位を果位・はたらきの全く現れない位
    世自在王仏…ロイクワンラ・世の衆生を自在に救う慈悲と、世間のことを自在に知る知恵を徳とする・五十三仏
    覩見…しっかり観察する
    浄土の因…浄土を成り立たせるもと、何故成仏したのか、浄土を作ったのか
    殊勝…とりわけすぐれた
    超発…超え優れ発す
    希有…まれな・ありがたい
    弘誓…「弘」は、ひろしという、ひろまるという。「誓」は、ちかいというなり。法蔵比丘、超世無上のちかいをおこして、ひろくひろめたまうともうすなり。(唯信鈔文意550)
    五劫…面倒で、やる気が起きないことを「おっくう」と言います。漢字で書くと「億劫」。正しくは「おくこう」と読むのですが、いつのまにか、「おっくう」と読むようになったのです。

 劫とは、もともとは仏教に説かれた時間の単位ですが、これがとてつもなく長い時間を表しています。では、一劫とはどのくらいかというと、これにいくつかの説明がありますが、ここでは芥子劫、盤石劫、数量劫という代表的な三つをご紹介しましょう。

 芥子劫というのは、縦・横・高さがそれぞれ一由旬(ゆじゅん)(約七キロメートル)の鉄の城の中を芥子の実で満たし、百年に一粒ずつその実を取り除いていきます。そうやって、すべての芥子の実が無くなるのにかかる時間を一劫というわけです。

 盤石劫も同じような喩えで、縦・横・高さがそれぞれ一由旬の大岩を、百年に一度天女が舞い降りてきて衣の裾で撫でます。そして、岩がすべて摩耗しつくして無くなるまでの長さが一劫だと説明しています。

 この二つのなんとなく漠然とした説明に対して、数量劫はもう少しはっきりしています。ある時、人の寿命が十歳だったとします。この寿命が百年に一歳ずつ
延びていき、ついには人寿八万四千歳にまでなる。すると今度は、逆に百年に一歳ずつ寿命が縮んでいき、やがて元の十歳に戻る。この一増一減のサイクルが一
劫だと、数量劫は説明します。試みに計算してみると、 (84,000-10)×100×2=16,798,000という数字になります。つまり、一劫と
いうのは千六百七十九万八千年になるというわけです。
ヒンズー教では43億2000万年と定義されている。46億年 地球の誕生からの時間 35億年 生命の起源からの時間
    思惟…惟(思う、よく考える)


遠い過去、遙かな昔に一人の王様がいました。王様は権力と栄誉の頂点に立ち、何不自由ない暮らしをしているはずでした。
でも、王様には大きな悩みがあったのです。それは「私はどこから生まれてきたのか、何のために生きるのか、どこへ行くのか」という謎が解けないことでした。
いろんな賢い人たちが王様に答えを教えましたが、王様はどの答えにも満足することができませんでした。それどころか、いよいよ悩みは深まり、その謎が解けない限り、生きていても空しい、死ぬにも死にきれないという大きな不安に襲われたのです。

る時、王様は「世界で一番自由自在に生きる王者と名告る仏(ブッタ=目覚めた人)」の噂を聞き、その人を捜して会いに行きました。その人は自分の着物さえ
持っておらず、ボロを身にまとい、小さな鉢を一つ持っているだけでした。それでいて、「世界で一番自由自在に生きる王者」だというのです。
その人は、澄んだ目で王様を見つめて、静かに話し始めました。
「人は皆、迷いから目覚めて仏(ブッダ)になるために生まれてきたのです。どんな人も、深くて広く重い、いのちの世界から生まれて、それぞれに大きな役割を持ち、大切な使命を与えられて生きているのです」
それは今までに聞いたことのない言葉でした。王様は深い喜びに包まれ、自分も仏になりたいという志を起こし、すぐに国を捨て王位を捨てて、その人の弟子になり、法蔵比丘と名告ったのです。
法蔵はしかし、自分だけが救われてさとりをすましているだけでは満足できませんでした。この世を見据えると、人々が皆迷い、病み、傷つけあって生きている現実を放っておけなくなったのです。
法蔵菩薩は、その師に質問します。
「どうか教えてください。あらゆるいのちあるものと共に生きる清浄な国土をおごそかに整えるにはどうすればいいのでしょうか。」
師の世自在王仏は容易に教えてくれません。

「それはあなたが自分で知るべき事だ」

法蔵はさらに問います。

「とても私の思いだけで走ることはできません。どうか教えてください。既に目覚めた人々は、どのような願いと行いによってそれぞれのすばらしい国土を完成させられたのかを知りたいのです」

師は法蔵の願いの大きさに心打たれて法蔵を激励し、二百一十億もの諸仏の国土や、そこに住む神々や人々の有様を、善・悪ことごとく解き明かしたのです。

それらをよく観察し、見極めた法蔵は、いよいよこの迷い多い生死の現実が痛ましくなり、共に生きたいと願う者すべてが生まれることのできる極楽という浄土、安楽の国土を建立しようという、この上ないすばらしい願いを打ち立てました。

そして、もしこの願いが成就されなかったならば私も永遠にさとらない、仏にはなるまい、と言ういまだかつてない大きな広いちかいを起こしたのです。
(戸次公正著 正信偈のこころ 限りなきいのちの詩より)

<重願名声聞十方>

舎利弗、汝が意において云何。かの仏を何のゆえぞ阿弥陀と号する。舎利弗、かの仏の光明、無量にして、十方の国を照らすに、障碍するところなし。このゆえ
に号して阿弥陀とす。また舎利弗、かの仏の寿命およびその人民も、無量無辺阿僧祇劫なり、かるがゆえに阿弥陀と名づく。(阿弥陀経)


十方微塵世界の

 念仏の衆生をみそなわし

 摂取してすてざれば

 阿弥陀となづけたてまつる(浄土和讃)


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