152 新年のご挨拶

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 新年を迎えました。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。正月三箇日はあらゆる所で「明けましておめでとうございます」という挨拶が聞こえてきたことでしょうし、皆さまもなさったことでありましょう。言うまでもなく私もその一員です。
 私はここ十数年、新年の挨拶をするごとに疑問に思っていることがあります。それは新年が明けると何故めでたいのかということなのです。ひそかに疑問に思っていました。
 ただ一つだけその理由として思い当たることがあります。それは昔お正月にみんな一斉に年を取ったということです。今、年齢というと当然満年齢ですが、以前は数え年だったそうです。数え年は、生まれたときは一歳。そして新年を迎えると歳が加算されていくというものです。ですから、お正月になるとみんな年を取って、「お誕生日おめでとう」ということになるのです。その名残としてしか、新年がおめでたいという意味が思い浮かびません。しかし、むかし歳を取っておめでとうといったかどうかということは不確かなことなのですが。
でも、それだけなのでしょうか?
 もしかすると、リセット、以前までのイヤなことがなくなり、新たに真っ白なところからできておめでたい、という思いが私たちの中にあるのかもしれないとも思うのです。そういうおめでたいというのならば私はやっかいなことだと思うのです。
 イヤな過去、なかったことにしたい過去をなかったことにして、好きな自分、誇らしげな自分を大切にするという厄払い招福という身勝手な自分のあり方を問い直し、すべての過去を背負い引き受けていく、そういう姿勢が今私たちにとって大切なことでないでしょうか。
 そういう意味では過去を昨年までの自分を振り返り、これからの自分の課題を明らかにする。そういうことが新年を迎えるにあたって大切なことだと私は思うのです。昨年と今年を切り離さないことが大切だと思います。

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