宗教教育

文科相、宗教教育は慎重であるべき(sankeiweb)
伊吹文明文部科学相は5日午前、参院教育基本法特別委員会で、宗教教育のあり方について「日本の国民は宗教心が希薄だ。かなり慎重でないと司法の場で争うようなことになるのを恐れている」と述べた。政府案の対案として審議中の民主党案16条で「宗教的感性の涵養(かんよう)」が明記されていることへの懸念を表明したもの。

宗教教育は慎重にという言葉にかちんとくる。
既に道徳という名の下に「宗教」が教え込まれているにもかかわらず、この発言、本当に腹が立つ。人間の倫理観、善悪観の奥には宗教が必ずある。国際性豊かな人間を育てるには、他なる存在と関わっていくには、倫理、善悪観は多種多様である、って言うことを認知しなければ始まらない。ましてやその倫理観を国が押しつけているのであれば国際交流なんてできやしない、何て私は思う。
「教える人の態度として布教的な態度で教えるとなると公教育の中立性に問題が起きる。(教員に)布教的な意識があるかどうかは(周囲からは)わからないので慎重であるべきだと思う」せめてアメリカの宗教教育を調べてから発言してほしい。また宗教を教員が教えるっていうことしか考えれない、そういう文科相8から不足としか言えない。公教育の中立性、それは宗教を何も教えないというのも方法だけど、個にあった宗教教育をするっていうのも手立てだ。お金はかかるし、カルトの問題もあるけど…、
国家が道徳と称して宗教倫理観を教えている現状の中で宗教の中立性を言うのであれば、自分の宗教鏡教育を学校で受ける権利を認める必用が絶対にあると思う。

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