何もしてないのに無力感

教育基本法改正案を単独採決 衆院特別委(asahi.com)

安倍政権がこの臨時国会の最重要法案と位置づける教育基本法改正案が15日夕、衆院の同法特別委員会で自民、公明両党などの賛成で可決された。民主、共産、社民、国民新の野党4党は「審議は尽くされていない」として採決を欠席、国会の全審議を拒否する方針を確認した。与党は16日の衆院本会議で可決し、参院に送付する構え。ただ、会期末まで1カ月しかなく、成立には1週間程度の会期延長が不可避だとの見方が与党内で強まっている。

コンマまでは教育基本法が変わりそうだ。わたしの視線からすると開覚だ。改正とは見えない。でも改正と見ている人もいるのだろう。だから成立するのだ。
いじめそして自殺が際立つ今日この頃教育と言うことを見直さなければいけないことは当然のこと。でも、見直そうとしている大人はまともなのか。まともでないから改悪になってしまう。直そうとして逆効果。
子ども達をどう育てようかっていう前に私たちはどう生きてきたのか。そういう総括のないまま子ども達にまともに育ってほしいと願っても空回り。
六十年前一億総懺悔といいながら、天皇に懺悔した私たちの国。なぜ焼け野原になったのか、ということを問わず。私たちは何をもとめていたのかということを問わず、今まできた。
今の経済社会は何をもとめてきたのか。人間は結果として何をしてきたのか、という大きな大きな課題に向かうことをせずに、前に進んでいっても何をやっても逆効果。
無明なるものが無明の自覚もなく、無智なものが無智の自覚もなく進んでいってもどうもならない。
無明を隠すかのように、無智を隠すかのように知で体を飾る私たち。飾りすぎて元の姿が見えなくなっている大人達、そしてわたし。
小手先だけで直そうと思ってもどうもならないぐらい壊れている私たち。でも私たちには小手しかないのかも知れない。一階しっかり壊した方がかっこの良いものができるのだろう。でも壊す勇気がない。壊すことがいけないようにも感じてしまっている。
ため息しか出ない。もしかしたらため息も出ないのにため息をしている振りをしているのかも知れない。
無力感を感じられない無力感。脱力感を感じられない脱力感。
はぁぁ???

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