再建の懇念

安政年間の御影堂の図面を発見東本願寺 突貫工事の苦労伝える(京都新聞電子版)

 京都市下京区の東本願寺(真宗大谷派本山)で江戸時代後期の安政年間に再建され、3年後の蛤(はまぐり)御門の変で焼失した御影(ごえい)堂の全体像を精密に描いた図面が見つかり、7日、発表された。工期2年で建てられたため略式の瓦が使われるなど再建の苦労が読み取れる。


突貫工事の様子つぶさに 東本願寺・御影堂の新図面発見(asahi.com)

 真宗大谷派本山の東本願寺(京都市下京区)の中心的な建築物、御影(ごえい)堂を1860(安政7)年に再建した時の図面が見つかり、同派が7日発表した。翌年に控えた宗祖・親鸞の600回忌法要をここで営むため、軒下の組み物を省き、簡単な瓦を使うなどして2年間のスピード工事で再建にこぎ着けた苦労が、うかがえるという。

安政の御堂は仮御堂だそうな。でも大きさは今といっしょ。宗祖の六百回御遠忌に間に合わせるための突貫工事。
東本願寺は数度御影堂を再建しているが、そのたびに木材が切り出されている。すねて考えれば環境破壊の象徴として東本願寺があるって言う考え方もできる。
幕府などの協力があってできたことだろうが、門徒の再建の懇念、想像しても想像しても間に合わないもの。念仏にあえた喜びがあるからこそ何度も再建できたと行ってもよいだろう。
そして今私たちは、ッて考えると胸をはることができない。先輩方の偉大さを思い知らされる。
信心獲得がわたしの大きな目標だって胸をはって表白できるわたしになりたい。


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