今日どうしよ?

今日の夕方氷見のお寺で報恩講のお説教をしなきゃいけないんだけど、何を話そうか決まってない、って言うかまだ頭の中真っ白なんですよ。めちゃやばいです。他のことばっかり気になってどうしようもありません。
朝は次男坊の付き合いで小学校へ、終わってから何を話ししようか考えたんです。だけど思い馬場図、時間ばかりたつのみ、気づけばもう十一時、今月参りに出なければ氷見に出かけるまで終わりません。ということで出発。正信偈を読むことをそっちのけでいろんなこと考えて、見るが、はっきりしません。悶々となおさらするだけ。人のことばっかり気になる。
次男坊達の態度を思い出して腹がたってくる。
次男坊は明日今期最後の試合。彼らは口では絶対に勝ちたいという、わたしに入っているだけにしか聞こえてこない。なぜかというと帰ってきてそろばんの塾に行って練習する気配が全くなし。本当に勝ちたいという気持ちが湧いているなら練習するはずと思うわたし。勝てるという自信があるのだろうか。でもそんな上手いはずではない。なぜ危機感がないんだろう。よくわからない。動きとして現れていない。いまもテレビを見ている。価値達という心が薄いのか、自分は下手だっていう自覚が欠如しているのか。
う?んわからない。
そう次男坊達を非難していると、なぜか自分のことと照らし合わせたくなった。
自分の願生心はホンモノなのか、南無阿弥陀仏という言葉はどこまでホンモノなのか。
自分は何もしなくても助かるって思っているのか。それとも願生心は偽物口だけなのか。
ッ次男坊を批判することがそのまま自分に返ってきている。
やっぱりoyakoなんだろうか。
そんなことで落ち着けて良いのだろうか。

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