通信135号報恩講案内号 お内仏のお世話⑦かおり

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ご本尊(お内仏)にお参りするときには線香などを燃してお参りします。お線香にもいろいろな香りがあります。時にはむせるような香りがすることもあります。これは正直お参りをしていてよいきもちがするものではありません。
お参りをするときにお香を燃すのは、我が身を清める、そして浄土の世界を香りとして表現するという意味があります。私は浄土の世界を香りで表現するという事を大事にしていきたいと思っています。
浄土の香りについて阿弥陀経には微妙香潔と記されています。浄土の香りは潔く、ほのかな香りだとお釈迦様は説かれています。潔い香りというイメージは私にはなかなかわいてきません。辞書(大辞林)によりますと、いさぎよいとは(1)卑怯な点や未練がましいところがなく立派である。悪びれない。(2)汚れがない。清浄だ。という意味があるそうです。私にはそういう臭いをかいたことが経験としてないので正直なかなかイメージがわいてきませんが…。
そしてそのいさぎよい香りは微妙だそうです。俺が俺がと自己主張する香りではなく、臭覚をとぎすましたときにやっと見つけることができる香りだそうです。他の香りがわからなくなるようなきついにおいでもなく、香りが混じり合っても不愉快になることがない、そういう香りが、上から流れてくる香りだということではないでしょうか。
私達にんげんの生き方とは全く違う香りなのでしょう。そして私達の生き方の不浄さを知らしめてくださるはたらきも浄土の香りには具わっているのではないでしょうか。

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