ひどい記事

女性専用車両は男性差別か?

ネットで女性専用車両は男女差別だという盛り上がりを見せている。そもそも事の発端は台湾で、台湾でも女性専用車両の導入を検討したが、男女差別だという猛抗議の結果、本格導入を諦めざるをえなかった。 日本でもそう思っている人は多数いるだろうが、現在の日本は似非レディファーストの国となっているために声を大にして言うと人間性まで疑われかねない。(パブリック・ジャーナリスト 喬 啓明【大阪府】:ライブドアニュース)


なんとひどい記事だろう、そしてこの記事を採用したライブドアニュースのセンスを疑ってしまう。
はじくんが白人差別だと叫んでいるような同質なものを感じる。
簡単に言えば男性が昔は良かった、そんなことなんだろう。歴史現状を無視して訳のわからない平等論をかざしている。何でも対等にすぐにすればいいのではなく、対等にするための施策が必用なのだ。
そういえば昨日の組門徒会総会で、組内の住職、この方は高岡教区の数少ない野党の宗議会議員の支持者。彼は、今州議会でも女性の控え室を女性議員達が要求しているんだ、って批判的なことをいっていた。私はこの人に批判する元気もない。最近そういう人だっていう固定概念があって、諦めムードだ自分からして当然の要求だと思うことも、ある人から見れば奇異のこと。男と女が一緒にこの世を生きていこう、こういう決意が全くない人が平等という論理を使って自分の地位を守っていく。平等という言葉に本当に失礼な行為だ。
男女差別にせよ、民族差別、その他のいろいろな差別の今まで差別してきた人達は、ある意味特権があった。それをそぎ取られる、これが平等っていうこと。特権をなくされるときそれはそぎ取られるという意識、不当だと感じることがある。それは特権が当たり前というか常識だったから。やっぱり不快感を感じる。不当に感じる。共に生きるっていう志を持たなければこの不当感というものは無くならないのだろう。
これは自分にも言えることかな。私もつれ合いからどんどん特権をそぎ取られている。でもこれは特権だったんだということはそぎ取られるなかで、たまには感じることがある。感じないときはつい不満を漏らしてしまうことだ。

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