118お内仏のお世話① お内仏と仏壇

118.jpg 皆さんは仏さんにお参りをするといいますか、それとも仏壇にお参りをするといいますか。同じように聞こえるかたもおられるでしょうが、しかし仏さまとお仏壇というのは違うものを意味するのです。
 「壇」という漢字の意味は土でできた一段高い段という事だそうです。ですから仏壇というのは仏像を安置する一段高い土でできた段という事になるのでしょう。しかしそれは昔のことで土や石で段を高くして仏像を安置してあることは今はありません。今は木で出来ています。その事をわかってのことか仏壇店の看板に「仏壇」と表記せずに「仏檀」とかいてあるものも目にすることもあります。
 とにかく仏壇というのは仏像を安置する段という事なのです。そして今では仏像を安置する厨子をも仏壇といっているのです。ですから仏壇の方に向かってお参りすることはあるかも知れませんが仏壇にお参りすることはおかしな事なのです。お仏壇の中に仏像のないところでお参りしても意味のないことといえるでしょう。中心は仏像だということです。
 その事で最近気になることががあります。それは仏壇を購入するとき仏像がサービスされているということなのです。仏像すなわち御本尊というものは本山からいただくものであるという基本もあるのですが、それよりも仏像がサービス品になっているということが悲しいことだと思うのです。値段の高い高い仏壇を買ってそのおまけで御本尊である仏像が付いてくる、このことは本当に本末転倒していることなのではないでしょうか。仏壇は御本尊である阿弥陀如来の仏像をを安置する入れ物にすぎません。中心は御本尊である阿弥陀仏の仏像なのです。御本尊はおまけではてありません。そのことだけはご承知ください。
 また各家々に仏壇をおいて仏像を安置するようになったのはそんな昔からではないようです。今から550年ぐらい前の本願寺第八代の蓮如上人は「本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ」とおっしゃっておられます。本尊すなわち仏像は掛け破れと。仏像は破れるぐらいによく床の間などに掛けなさいといわれているのです。蓮如上人の時代は仏壇と今私たちが読んでいるものに仏像は安置しておられなくて、朝の勤行の時などお参りをするときにだけ掛けて後はしまっておいていたということなのでしょう。それがいつの間にか仏壇というものに飾るようになったようです。調べて見ると江戸時代より幕府の指示によりそうなっていたようであります。
 さて、念仏を称えてこられた私たちの先輩方は仏様のことを御内仏様ともお呼びしておられました。これはうちの仏様、私の仏様ということであります。私を救ってもらうための仏様ということでしょう。
現代を生きる私たちは仏様の前に座り何を憑んでいるのでしょうか。「我が身を救ってほしい」と真剣にたのんでいますか。そのことは一度我が身に聞き直してみなければならないことなのでしょう。(つづく)

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