98 無常であるからこそ

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 無常という言葉を辞書で意味を調べてみると、(1)万物は生滅流転し、永遠に変わらないものは一つもないということ。「諸行―」(2)人の世の変わりやすいこと。命のはかないこと。また、そのさま。「―な世の中」(3)人間の死。「―の来る事は、水火の攻むるよりも速に逃れがたきものを/徒然 59」(大辞林)というようにある。いのちのはかなさ。人間の死という意味で私達はどちらかといえばよく使うのではないだろうか。あまりよい言葉としては受け止めていない。自分のいのちが無常である、常がない、永遠に続かないと考えれば、空しさ、悲しみ、恐怖というものを覚える。しかし最近私は永遠に変わらないものはないことはいやなこととは限らないのではないだろうかと最近思うのである。
 このままであり続けることが出来ないということを視点を変えて考えてみると「変わることが出来るのだ」ということではないでしょうか。そう考えてみると無常ということは非常にうれしいこと、生きる力の源となる原理になると思うのです。私達の人生は良いこと楽しいことばかりではありません。嫌なこと苦しいことも沢山あります。楽しい時はずっと続けばよいと思っていますが、嫌なときは早く終わればよいと思っているのではないでしょうか。
 「私」という存在はいのちという因をいただいていろんな縁に遇うことによって成立しています。そのことを因縁果といいます。いのちを授かったという因だけで今の私がいるのではありません。いろんなことを教えてもらうこと、見ること、感じること、経験することによって私達は成長しているのではないでしょうか。形としては生まれたから私が存在しているのですが、心はそうではありません。人それぞれの経験によって違います。双子の兄弟姉妹を想像してもらえばわかって頂けると思います。同じような顔をしていても仕草や行動、考え方は結構違うものです。それはそれぞれの人生経験が違うからではないでしょうか。
 ですから私という存在は変化し続けてい流のです。。どのように変化していくのか、それは誰にもわかりません。今の自分がどんなに嫌であったとしても、その嫌いな自分であり続けることはできないでしょう。嫌という思いが強ければ強いほどそうなのです。嫌ということは変わりたいということだからです。その気持ちはあなたの宝です。嫌という気持ちを大切にしていってください。
 焦らないでください。じっくり歩んでいきましょう。楽しみましょう、変わることを、一度きりの人生を。

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