浄土真宗では水子供養はしていません。
でもちょっと待ってください!もう少し読んでください。!お願いします。
なぜしないかを聞いてください。
この世に生まれてくるはずのいのちが何らかの理由で生まれて来られなかった存在を水子というのでしょう。
そういう存在を供養したい。助けてやりたい。そういう気持ちから水子供養するのでしょう。
意識的に堕胎した人、いのちを殺害したという気持ちを持っておられるのでしょう。
何らかの理由で流産、死産なさった方、いのちが消えていった、何かもやもやしておられるのでしょう。
でも、「供養」というものをしてもらって、無かったことにしてすっきりしてはいけないのです。
事実を事実として受け止めていくことが大事なのです。
悲しみの中から新たなる道が見えてくるはずです。
苦しみ、悲しみ、不安を背負い生きていってみませんか。
私たちが「供養」したい存在からわたしたちに逆に供養されています。願いを運んできておられます。
その願いを阿弥陀如来の願いに出会うことをとおして、明らかにしていきませんか。
……未完……